中国産の餃子
中国産の餃子
冷蔵庫に入れてカチカチにしちゃお
だけどちょっと
だけどちょっと
メタミドホス入ってる
そんな餃子やめて
手作り餃子食べよ
正に現代っ子が作った歌っていう感じですねぇ(笑)。私たちが子供の頃に外国で作られた食べ物なんていう感度があったでしょうか、そしてそれが危険だなんて思っていたでしょうか。舶来のものは高価で、めったに食べられない美味しいものだったはずです。
今では、アメリカとEU諸国以外の国で作られたものは、ほとんど安物というイメージじゃないですか。たった30年の間に、子供達の意識もこれほど変わってしまうのかと思うと、世の流れが速いのか、自分が歳をとるのが早いのか、時代の変遷を感じないわけにはいきませんね(汗)。
中国産餃子の毒物混入事件や、日本国内での産地偽装、賞味期限改ざん等の事件をみていて思うのは、『食』を効率化しちゃいけないっていう事でしょうか。『食』を利益追求の具にしてしまうことによって、当然そこには目標達成度や利益率なんていう数値化されて対比可能になった結果が要求されます。
そういう分かりやすい数字にばかり目がいくようになって、最も大切な『食』の本質が忘れ去られているような気がしてなりません。効率的に『食』で儲けようという考え方には、どこか誤りがあるんじゃないでしょうか。
もう一点考えることは、『食』はグローバル化できないっていうことです。食糧自給率が世界最低レベルの日本は、原油高を憂うのと同じレベルで、小麦粉や大豆やとうもろこしなんかの世界的な高沸に気を揉むべきじゃぁないんでしょうか。バイオエタノールと引き換えに、我々はもっと大切な何かを失っているような気がしないでもありません。
そのうちに、うどんも食べられなくなるし、味噌や醤油もとんでもない高級品になるでしょう。日本の食文化なんか、今のグローバル経済の劇的な変化によって、吹っ飛んでしまう可能性だってあると思いますよ。米と大豆くらいは死守しなければ、我々の食卓は無国籍なものにならざるを得なくなっちまうんじゃないでしょうか。
生鮮野菜が海外から輸入されるなんて、どう考えたってあるわきゃないようなことが起こっていますが、『食』というものはそんなにグローバルに展開し得ないはずです。その危機感が『地産地消』の流れとなって現れてきているんだと思います。地元で顔の見える人が作った作物ほど安心感のある食材はありません。
『食は命』
これが私の基本的な考え方です。口から入ったものが、我々の命を支えてくれています。つまり、命そのものなんです。我々はあまりに自分の命と同じものであるべきはずの『食』をおろそかにしてきていると思います。あまりに無頓着に口に入るものを作り、それをあまりに無意識に口に入れている。そんな現代だからこそ『食』の安全は必要なことだし、無条件に担保されていなくてはならないことだと思うんです。
私は信濃鶴を純米化しようとした時に、こういったことに関して非常に深く考え込んだんです。『食は命』と考えた場合に、地酒はどうあるべきなのか。そこで、地元の酒米のみを使って、混ぜ物のない純米酒を、地元のために造るという方向を目指しました。最初は独りよがりかもしれないけれど、必ずや理解してもらえる時が来ると考えたんです。
なんか長々と書いちまいましたね。スイマセン。大きな時代の流れの中で、流されちゃぁいけないのが『食』じゃないかと言いたかったんです。時代が変わってバイオエタノールを各国が取り合うような状況になったら、そのうちにアル添酒の方が純米酒より高くなるかもしれませんよ(笑)。
□□□ 替え歌の2番はジクロロボスらしい □□□
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