
駒ヶ根にひとりの詩人が住んでいます。彼の名は加島祥造(かじましょうぞう)。1995年に駒ヶ根に移り住む前には、信州大学や横浜国大で英米文学の教鞭をお取りになっていたとのことです。現在の先生の有り様を拝見すると、詩人でもあり、思想家でもあり、画家でもあり、タオイスト(?)でもありという、マルチな側面を持った生き方をなさっているように感じますね。
私は昨年先生のお書きになった『求めない』という書籍が出版されていたことは知っていましたが、どうやらベストセラーになってるみたいですね。今でも、本屋では平積みになっているなんて女房は言っていましたが、先日私のおふくろがどこかで買い求めてきました。少し読んで、先生らしいと思いましたね。
「求めない・・・」で始まる短い詩のようなセンテンスが何十個も書き記されていますが、もし先生の語り口を知っていれば、そのどれもが先生がそこで語りかけているような感じに思えるんじゃないかな。とつとつとある哲学について話される様子は、全てを悟った思想家そのものっていう雰囲気なんです。私としては『伊那谷の老子』っていうのが、先生を言い表す最もピッタリの表現だと思いますね。
こんなこと書いてますが、先生と直接お話したことなんてちょっとしかありません(笑)。どちらかと言うと、息子さん夫婦といろいろ関わらせてもらったんです。なぜにこれほどにアカデミックな人と多少なりとも知り合いになっているのか、今から考えるとよく分からんのですが・・・(汗)。
駒ヶ根のご自宅で、先生の詩の会をやった時には、遠方から来るお客様に信濃鶴を振舞うスタッフとして仲間に加えていただきました。私の贔屓の蕎麦屋『丸富』のおやじが詩集を出した時も、その記念の会でご一緒させてもらいましたね。先生のお書きになった絵も1枚いただきましたし、上の写真にある『荘子』の本もサイン入りでもらったものです。
この『荘子』を読むまでは、私は先生のことは英文学者であり、詩人であると思っていたんですが、これを読んでからは思想家だと思っています。著者紹介欄には『タオイスト』という聞きなれない言葉で書いてありますが、正にその思想家を表現した単語なんでしょうね。
『タオ』ちゅうのは何なんでしょうねぇ。老子の思想において、万物の出てくる根源の要素のひとつみたいですが、もし漢字一字を当てるとすると『道』ということになるらしい・・・いやぁ、こうなると私にはうまく説明なんかできまへんな(汗)。
老子や荘子といった人たちは、今から2400年も前の中国の人ですが、『老荘思想(タオイズム)』ということで、どうやらペアにして取り扱われることが多いみたいですね。孔子っていうオジサンも同時代にいたみたいですが、この2人とはちょっと毛並みが違う人らしいです。
ですから、『タオイスト』って言うと、『タオイズム』の具現者なのか、伝道者なのか、求道者なのか・・・まあ、この辺で私の解説は止めときましょう(笑笑笑)。ちょっと長くなっちゃったので、明日に続けますが、いったい私はこの後何を書きたいんでしょうね。自分でも分かっちゃないのになぁ・・・。
》》》》》》》》》》 【我が弟もなぜかこの本を持っているらしい】
□□□ たまには思想や哲学もいいかな □□□
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