専務取締役杜氏の純米酒ブログ

期せずして杜氏になっちまった造り酒屋後継ぎの純米蔵奮闘記

じいさん(その4)

じいさんシリーズも書き始めると止まりませんが、あれほど馬鹿が付くくらいに真面目で、素直で、研究熱心な男は私の人生ではまだ巡り会ってはいなくて、それほどまでに私としても影響を受けた人物だったってことなんだと思います。師と表現するにはあまりに陳腐な気がするんですけど、師のような、親父のような、友人のような、何とも不思議な存在ではありましたね。

私としては、酒造りの技術的なことも十分に教わったものの、それ以上に、仕事に対する情熱というか、命のかけ方を学ばせてもらった気がします。蔵に入ったばかりの頃は、どうしてこの人はこんなにも熱心に酒造りに対峙しているのか、社会人になりたての若造には理解できない不可思議とも言える気迫がじいさんにはあったんですよね。

麹造りを任されるようになっても、吟醸の麹は私には触らせませんでしたが、手伝いは必要になってましたから、私も夜中でも早朝でも一緒に二階の麹室に入るんですけど、吟醸仕込みの最終盤にでもなれば階段を上るのもやっとのことで、よろめきながらもまるで天国への階段を踏みしめるがごとくでした。それでも、「じいさん休んでろよ」と私に言わせない気迫がありましたね。

もう、今年で蔵働きは最後だという年に、じいさんは吟醸麹の半分を私に造らせました。吟醸麹の種付けは最も繊細な作業ですが、自分で半分種を振り、残りは私が振るように言って種切り器を私に手渡して、「もう、これでこんな事もやれん」とホッとしたような寂しいような面もちでつぶやいたのを今でも覚えています。

引退して身体が思うように動かなくなった後も、冬になると酒造りモードに入っちゃうんだと、フミちゃんが笑いながら言ってました。私にも電話をかけてきて、あれやこれや指示を出してくれましたね。50年に渡って酒造りに携わった習慣は、死ぬまで抜けることはなかったようです。28歳で杜氏になったといいますが、酒造りの責任者として命をかけた人生はいつまでも続いていたんでしょう。


□□□ 私が杜氏を引き継いだのが34歳でした □□□
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コメント

杜氏

杜氏という仕事は蔵の酒造りのトップとして、
蔵の目指す味を決め、蔵人を引っ張っていく責任の重い仕事。
その重責を28歳から務めたんですから凄いですよね。
この4日間の記事を読んで、その実直さ、頑固なまでの情熱が伝わってきました。
この世を去っても、岳志さんの酒造り、信濃鶴の味に、
いつまでも残って行きますね。

  • 2016/09/24(土) 11:32:04 |
  • URL |
  • まっちー #-
  • [ 編集 ]

Re: 杜氏

本当にクソ真面目な杜氏でしたね。
かといって人間味にもあふれたじいさんでした。
地元でもファンが多くて、何かあると夜の晩酌時をねらって遊びに来る人もいましたね(笑)。
そういう人達もだんだんいなくなって、みんなであっちで飲んでるんでしょう。

  • 2016/09/25(日) 08:20:29 |
  • URL |
  • 岳志 #GMs.CvUw
  • [ 編集 ]

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