信濃鶴がこの春、金賞を受賞したといって大喜びしたのが、『全国新酒鑑評会』です。この新酒鑑評会の歴史は古く、明治44年から今日まで、毎年開催されています(途中2回中止)。主催は醸造試験所という国の機関でした。現在では、独立行政法人酒類総合研究所となっています。
新酒鑑評会の目的は、公の機関らしく、新酒の品質調査だったそうです。ですから、表彰といっても金賞と、その下の入賞しかありません。これは現在もそのまま残っているわけで、金賞といってもかなりの数になるわけです。今年だったら、約250社くらいあったでしょうか。
この新酒鑑評会と並行するように、実はもうひとつのコンテストがその昔、開催されていたんです。それが『全国清酒品評会』と呼ばれるものです。似通った名前でこんがらかりそうですが、この清酒品評会の方は明治40年から昭和13年まで32年間にわたり、2年に1度開催され、16回目で終了してしまったのだそうです。
こちらの主催は日本醸造協会といって、業界雑誌の発行や、協会酵母の頒布、酒造講習会の開催などの事業を行っていた協会組織でした。現在も財団法人となり同様の事業を行っています。よく酵母の種類で、協会7号とか協会901号などと耳にされたことがあるかもしれませんが、その酵母を作っているのがこの協会です。
同じ様な時期に同じ様なコンテストが開催されていたことになりますが、この清酒品評会の方は目的が若干異なっていて、出品酒の品評に重点を置いて表彰することを目的としていたらしいんです。ですから、表彰制度もしっかりとあって、1等から3等までの3段階の賞の他に、1等より上のランクとして『優等賞』というものがあったんだそうです。更に、その優等賞を3回連続で受賞した酒蔵には『名誉賞』という最高の栄誉が与えられたんです。
この開催目的の違いから、蔵元にとっても清酒品評会の方がステータスが上だったということです。そこでの優等賞の権威、ましてや名誉賞の権威は、現在の金賞の比ではなかったはずです。それを反映してか、最後の年の両コンテストへの出品数は新酒鑑評会256点に対して清酒品評会4637点という大差だったんだそうです。
現在の新酒鑑評会への出展数は、1000点を少し超えるくらいですが、これで金賞を取るのが大変だなんて言ってられませんよね。その4倍以上の数の中で優等賞を取るなんて、相当な倍率だったはずです。更に、それを3回続けて名誉賞になるなんて全国でも数えるほどしかなかったでしょうね。
そこで、賀茂鶴さんの話に戻るわけです。その頃、賀茂鶴さんはこの名誉賞を受賞されたらしいんですよね。そんな日本一の称号をもつ酒蔵へ、私の曾曾じいさんは教えを請いに行ったんです。どうせ教わるなら最高の蔵でと思ったに違いありません。賀茂鶴の5号蔵を参考に、現在の長生社の蔵は建設されたらしいのですが、5号蔵は昭和30年頃にはもうなかったようです。
この他にも東京農大が主催した品評会もあったらしいのですが、それについてはまた情報があった時に記事にしましょう。新酒鑑評会もいろいろと紆余曲折の中で、ここまで来ているんですね。ずっと昔の信濃鶴は何等賞くらいの成績だったんでしょうねぇ。
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