専務取締役杜氏の純米酒ブログ

期せずして杜氏になっちまった造り酒屋後継ぎの純米蔵奮闘記

曾爺さんの教え(その3)

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お説教を受けるわけです。お説教と言っても、ガミガミと怒られるわけじゃなくって、諭されるというか、教育されるというかね。こう、曾爺さんの正面に正座させされて、含蓄のあるお言葉をいただくっていうような感じでした。内容は様々でしたが、長く話されるとしびれが切れて、足をモゾモゾさせてた記憶があります(笑)。

下の妹は小さかったので別としても、妹達はもう付け足しなわけです。とにかくそのお説教は私に向けられたものであって、ある意味で、長生社を継ぐ者に対する、曾爺さんなりの帝王学だったように思いますね。私が酒屋を継ぐことは、異議を挟むことなどこれっぽっちもできない、あったり前の前提として物事が語られてました。

私が大学を出てからすぐに違和感もなく蔵に入ったのは、この頃からの徹底した教育に負うところが大きいことは疑う余地がないでしょう。実家に帰るのは当然のこととしてDNAにインプットされてましたし、自分で酒を造ることになるとは思いもしませんでしたが、長生社を継ぐことに関しても、あまり疑問は持ちませんでしたね。

妹たちは遊んでいるのに、私だけが座らされていたようなこともあって、小さな子どものことですから、「なんで自分だけが」っていう気持ちでいるわけですが、その代わりにお年玉は多くもらったりして見返りも大きかったで、長男としての義務と権利を知らず知らずのうちに承知していたのかもしれません。ま、今の時代じゃ、そんなこと言ってたら時代遅れなんでしょうけどね(汗)。

道徳的と言うか、儒教的と言うか、そんな話が多かったですね。学校の先生が生徒に向かって話すような内容だったと思います。ですから、決して面白い話じゃなくって、幼心に本宅に行くとまた正座させられるっていうのは、あまり楽しい想像じゃありませんでしたが、その後には必ずご褒美のお菓子か何かがもらえましたから、そっちに釣られていた、昔から単純な私でした(笑)。

あの年代としては珍しい大学出のインテリでしたから、説教中に英語の単語なんかもポロポロ出てきました。どんな言葉だったのかほとんど覚えてませんが、『コンフィデンス(confidence)』っていう単語だけは曾爺さんの口から聞いた記憶がありますね。あの頃の私には、到底理解不能の意味だったはずですけど・・・(笑)。

上の写真は、もう見る影もありませんでしたが、あの頃私が正座させられていた部屋だった場所です。柱を背にして曾爺さんが座り、その前の机やこたつを挟んで私達が座らされてました。フッとタイムスリップしたような気分にもなりましたが、もう取り壊す直前のことでもあり、感傷に浸るにはあまりに廃墟と化してましたね。

今の自分だったら、あの頃の曾爺さんと対等に話せるのかな。「お前には忍耐が足らん!」とか、かつてと同じフレーズで怒られたとしても、何となく絵にはなるわな(笑)。今は、人の前で正座して頭を垂れるなんていうことは皆無ですが、そんな自分に会うことができた唯一の場所が無くなるのは、やっぱり寂しいことでした。


□□□ それでも、かなり懐かしかったです □□□
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コメント

あまり

長く話されると最初のことを忘れてしまう自分です。
曾爺さんはいなかったし、おじいさんは優しかったしであまり年寄りに怒られた経験ないな~~。

それでも小さな頃の体験は貴重ですね。
おととい19日のUSTREAMの「ショートケーキのヨル」って番組で信濃鶴がちょっとだけ取り上げられました・・・・。
自分が投稿したんだけど。地酒は信濃鶴ってことで。
暇なときにでも見てね(^^;
ほんとにちょっとだからね(苦笑

  • 2013/02/21(木) 01:01:25 |
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  • バンダナ #-
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思い出

築何十年になるのか分かりませんけど、
贅沢な材料で頑丈に建てられた家なんでしょうね。
木の色つやがとても良く見えます。
こんな家で岳志さんは、曾お爺さんから帝王学を教え込まれたんですね。

ボクの爺さんは何を教えてくれたんだろ?
島には父親、母親の兄弟の家が何軒かあって、
良く泊りがけで遊びに行ったりしました。
今もですけど、小さい頃は食べ物の好き嫌いが激しくて、
贅沢にも、泊まった翌朝は卵かけご飯しか食べない子でした。(^^ゞ

  • 2013/02/21(木) 12:34:29 |
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  • まっちー #-
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昔ガラス

棟木も立派ですが天井板も凄いですね。実は昔のガラスに興味がありますがさぞ素晴らしい昔ガラスが建具にはめてあったんでしょうね。ガラスは液体だそうで年月を経るとどんどん下がってきて上より下のほうが厚くなるみたいですがそんなガラスが有りそうな雰囲気を醸し出していますね。東京神田の「藪蕎麦」の古い建物が消失しましたがこんな素晴らしい家を解体するのは悲しいですね。

Re: あまり

私もお説教のほとんどは覚えてませんでしたよ(笑)。
私の曾爺さんは優しくもあり厳しくもありっていう感じでした。
何ていうか、いい年寄りの見本みたいな人でしたね。
USTREAMへの投稿ありがとうございました!
私見たことがないんで、ちょっと今晩挑戦してみますね。

  • 2013/02/21(木) 19:13:39 |
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  • 岳志 #-
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Re: 思い出

築何十年だったのかなぁ・・・。
それほど贅沢な作りじゃなかったと思いますけどね。
まぁ、そんなに安い家でもなかったと思いますけど(笑)。
この本宅はいろんな意味で行きたくもあり、行きたくもなしの家でした。
でも、曾爺さんのことは尊敬してましたから、私にとっては大いなる存在だったんでしょうね。

  • 2013/02/21(木) 19:17:07 |
  • URL |
  • 岳志 #-
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Re: 昔ガラス

鳥居さんは見る所が違いますねぇ(笑)。
この家の解体の時にも骨董屋みたいな業者が来てたみたいです。
いらないものの中から、あれこれと持って行ったようですよ。
神田の藪蕎麦みたいに由緒のある建物じゃありません(汗)。
それでも、私の思い出はたくさん詰まっていたんですよね。

  • 2013/02/21(木) 19:19:28 |
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  • 岳志 #-
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