専務取締役杜氏の純米酒ブログ

期せずして杜氏になっちまった造り酒屋後継ぎの純米蔵奮闘記

歴史

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先日のコメントで、まっちーさんが『酒造株式会社長生社』の『株式会社』が真ん中に入っていることを初めて意識したなんて書いてくれていて、まっちーさんのように毎日このブログを読んでくれている人でも、意外と長生社についての基本的知識を知っていただいていないんじゃないかなんて考えてました。

このブログを書き始めた本当に最初の頃に、自己紹介も兼ねてそんな内容を書いたことがあったとは思うんですけどね。世界中にブログを通じて長生社を知ってもらえたらっていう、あの当時のうぶな気持ちで書いたはずです(笑)。でも、6年も前のことですし、もしお読みになってても忘れちゃうくらいでしょうね(汗)。

ちょっとした会社紹介みたいにまとめられたらいいかなぁなんて思ったんですけど、いざ書こうと思っても、造ってるものは信濃鶴だけだし、所在地はこれといって特別な場所でもないし、紹介のしようもないやねぇ(汗)。ですから、書き始めといてなんですけど、長生社の紹介記事はやめときます(笑)。

あえて取り上げるとすれば、蔵の歴史についてはちゃんと調べれば面白そうですけど、調べようと思っても今となっては為す術もなくって、私の方が教えてもらいたいくらいですね。せっかく歴史があるのに、社史みたいなものってどこにも残ってなくって、なんだかなぁって感じです(汗)。

ちょっとだけ書いておくと、先日の記事で第93期の株主総会の話題が出ましたが、これは長生社としての存続期間であって、創業を聞かれた時にはもっと古いところからご説明してるんです。つまり、長生社としての創業は大正9年なんですけど、実は、それ以前からお酒は造ってたんですよね。

私の曾曾爺さんにあたる北原久次郎が清酒の醸造を始めたのは、どうやら明治16年頃らしいんです。場所は同じ駒ケ根市内なんですけど、もうちょっと町から外れた天竜川沿いに今でも蔵が残ってます。その時点から計算すれば、120年以上は経っていることになって、「創業は?」って聞かれたら、「明治16年」って答えてるんです。

これは、古い蔵で資料を探した時に、久次郎の記した醸造の記録帳が出てきて、その最も古いものが明治16年だったところからきています。ウソのない範囲で最長の年代っていうことでそう答えてるんですけど、もしかしたらもうちょっと前から造っていたのかもしれません。なんでかって言うと、全くの醸造初心者とは思えないくらい、ちょっと小慣れた感じで書かれているように見えるからなんですけどね。

今の場所で長生社としてスタートを切ったのは、その他の小さな造り酒屋と統合してひとつの大きな蔵にしたからってことらしいです。その辺の経緯についてはよく分かりませんが、とにかく久次郎が初代の社長となっての門出だったようです。彼も自ら杜氏として酒を造ったそうですから、私にもその血が流れているんでしょう(笑)。今日は、ちょっとした長生社豆知識でした。


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コメント

それは驚き!

初代も社長で杜氏さんだったとは!
その時代に蔵元が自ら酒造りをするのは珍しかったんじゃないですか?
酒蔵を興すのは相当なお金持ちってイメージがありますから、
酒造りも自分でって言うのは、何でも自分でやらなきゃ気の済まない石頭だったのかな?(笑)
会社の歴史はユニークで大事なものだから、残された資料を調べるだけ調べたら良いのにと勝手なことを思いますけど、今時期に考えることじゃないですね!(^^ゞ

  • 2012/12/04(火) 12:44:28 |
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  • まっちー #-
  • [ 編集 ]

Re: それは驚き!

なんだか初代は何度も仕込みに失敗して酢を造っちゃってたんだそうですよ(笑)。
自ら灘の方に修行にも行ってたみたいです。
古い写真が残ってますが、確かにかなり石頭な雰囲気を醸し出してます(笑)。
会社の歴史はそれ以外にはほとんど残されたものがないんですよね(汗)。
何か手立てでもあれば調べてみたいんですけど・・・。
知っていそうな人たちはほとんど残っておられませんしねぇ・・・。

  • 2012/12/04(火) 19:00:57 |
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  • 岳志 #-
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