専務取締役杜氏の純米酒ブログ

期せずして杜氏になってしまった造り酒屋後継ぎの純米蔵奮闘記

ブログの題名について(6)

(続き)
これまでアルコール添加したお酒をメインに造ってきた会社を、純米酒しか造らない会社にするということは、並大抵のことではありませんでした。新しい会社を作るのと同じ感覚でしょうか。これまでのものがあるから、全く新しいものを作るよりもある意味で大変。もう2度とやりたくないですね。

平成14年8月に純米蔵の宣言をして今日に至っています。実際には宣言に至るまでに10年くらいかかっています。長い道のりでした。宣言をした後もいばらの道が待っていました。社員にも苦労をかけています。この辺のことはまた改めて書きます。

なぜ純米酒だったのか。

これを書き始めると、また長い話になりますし、このブログの命題の1つでもありますから、今後話題にしていきます。
簡単に言えば、原点回帰ということです。日本酒の需要は昭和49年をピークにして、ずっと右肩下がりで来ています。ピーク時の4割程度に落ちてしまいました。わが社でも需要喚起のために色々とアイテムを増やしてみたり、目先の変わった酒を造ってみたり、首都圏に売り込んでみたりとやってみましたが、全てダメでした。全てです。そのような状況の中で、新しいことばかり追求するのではなく、一旦日本酒の原点に帰って、そこからリスタートした方が遠回りだけれど確実な道に思えたのです。

日本酒の原点とは何か。それが純米酒です。戦前までは日本酒は全て純米酒だったんです。戦中の米不足の状況下でアルコール添加をして増量することが許されました。もう一度そこから始めてみようと思いました。スタート地点がずれていたのでは、ゴールにはたどり着けない。

経営的に言えば、徹底的に選択と集中をしたということでしょうか。力を1点に集中させる。大手のメーカーがやっているような品揃えをしてもダメなんです。

ある飲み屋があります。ほとんどのお客さんはその店であるつまみを注文します。それは「つくね」です。店主は言います。
「このつくねさえあれば、おれはどこでも店が開けるよ。女房と従業員くらいは食わせていけるさ」
うらやましいと思いました。
「この純米酒さえあれば従業員くらい食わせていけるさ」
そんな酒を造ることができれば、経営環境に左右されない王道が歩めるのではないかと考えたのです。

考えて考えて考えて、悩んで悩んで悩んで、ついに純米蔵の道を歩み始めます。
(続く)

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