専務取締役杜氏の純米酒ブログ

期せずして杜氏になっちまった造り酒屋後継ぎの純米蔵奮闘記

草刈り(つづき)

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家の周りが雑草だらけになってきたっていうことは、すなわち、会社の周りも推して知るべしで、何とか手を打たないと世間様から後ろ指を指される風情の敷地になり下がってしまうわけで、本業の仕事をひとまず差し置いても、雑草退治に社員総出で取り組まなくっちゃならないっていうのが私の考えです(笑)。

毎年、社内整備のための日を取って、みんなで草刈りやら生垣の剪定やら粗大ゴミの片付けやらをやるんですけど、今年も二日ほどかけて草刈りと構内に植わっている木々の剪定を行いました。これっぽっちしかお酒を造っていない蔵のくせして、敷地だけは広々としてますから(笑)、草刈りだけだって大変な作業になるんですよ。

初日はビーバー2台、人力2人分、総計4人で取り組んだんですけど、ほぼ社内の全エリアを制圧できた感じです。やっぱり人手が多いっていうのは大切ですね。ひとりだったらイヤになりそうな面積でも、半分ずつやるって思えば気持ちが折れません(笑)。外の駐車場まで刈ることができましたから、能率が良かったと言っていいと思いますね。

今回気が付いたんですけど、ビーバーの歯にもいろんな種類があって、小さい歯がたくさん付いている方が細かい草を刈るには向いているような気がしました。私のは大ぶりな歯のタイプだったもんだから、細いような草は上手く刈れませんでしたね(汗)。もう一人のビーバーは小さい歯のやつだったもんだから、きれいな花は刈らずに残しておくような小細工ができたようですが、私は花であろうが雑草であろうが全部いっときましたよ(笑)。

二日目は庭木の剪定に社員全員で取り組んだんですけど、これも大変な仕事で、みんなが電動バリカンを家から持ってきてくれたから何とかなりましたけど、とても手で刈るなんていうことはできない量でしたね。ここでも、機械がなくっちゃ仕事になりませんでしたが、お酒造り以外に社員で力を合わせる経験も滅多にできませんから、多少は苦労しても気持ちのいい苦労だったような気がします。

写真は、長生社にある最長の生垣です。30メートル以上はあるでしょうか。これだけ刈るのに3人がかりで半日かかっちゃいましたが、ご近所さん達も声をかけに来てくれますし、社外との交流もできて一石二鳥です(笑)。大雑把ながらも、それなりに構内がきれいになりましたから、これからしばらくは気持ち良く仕事ができそうです。ま、すぐに元通りにはなるでしょうけどね(涙)。


□□□ みんなみんなご苦労様!!! □□□
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草刈り

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家の周りに少しでも土の見えている場所がある方なら実感なさっておられると思いますが、段々と雑草の勢いが増してくる時期になってきましたよね。取っても取っても次から次へと生えてくる雑草の生命力たるや見習わなくっちゃならないところがあるのかもしれませんが、そんなことよりも何よりも、いかに退治していくかがこれから秋にかけて頭を悩ませるところです。

対処法は主に3つですかね。手でむしり取るか、草刈り機みたいな機械を使うか、除草剤をまくか。玄関周りとか人の目につくような場所は手で丁寧にとるとしても、その他の田舎ゆえの広大なエリアは、もっと手のかからない方法によるしかありません。我が家の周りの草もグングンと伸び始めましたから、先週あたりから格闘が始まってるんですけどね(汗)。

駒ケ根方式ってわけでもありませんが、私が見たり聞いたりしたところでは、この時期に一度草刈り機で全体をなぎ倒しておいて、第2陣が生えてきたらそこからは除草剤で対処するっていうやり方が多いような気がしますが、草の生える面積を広くお持ちの皆さんはどんな方式をお取りになってるんでしょうか?

先週は珍しく週休2日が取れましたから、とにかく丸ごと草刈りに費やしました(汗)。今回は私も草刈り機・・・通称ビーバーなんて言いますが、これは正式名称?・・・でバッタバッタとなぎ倒しましたが、これまでこんなに長時間ビーバーを使い続けたことはありませんでしたから、なんだか体がおかしかったですよ(笑)。

栗畑は広くありますし、いろんな所に足の踏み入れようもない程の雑草天国が乱立している状態で、いくら機械の力を借りるとは言ってもこちらとしてもそーとーな体力勝負で、かなり疲れましたね。麹室での仕事を思えば暑さには強くなっているかもしれませんが、腕や腰がギシギシ言い始めて、夕方にはクタクタになっちゃいました(汗)。

写真は私が使っているビーバーですが、これを使う度に思うのは、構造が簡単でコストが抑えられるのは分かるんだけど、もうちょっと使い易い格好がないもんかっていうことなんですよねぇ。それなりに本格的に使わなくっちゃなりませんから、使い難いのは身体にとっても致命的です。そういうのが欲しきゃ、もっとお金を出せってことかもしれませんが・・・(汗)。


□□□ よく考えられた機械ではあるんですけどね □□□
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シロノワール

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何なんだ、この食べ物は?場所はどこかの喫茶店風。反対席に座って、慣れた感じで手タレになっているのは岳志の女房だろう。よく見ると、コーヒーカップには『コメダコーヒー』と書いてある。普段、喫茶店でケーキなんて食べることのない岳志が、このお店でなぜこんな物を食べようとしているのか、大いに疑問だ・・・。

サスペンス風な書き出しにしようと試みたんですが、上手くいきませんでした(笑)。上述の通り、ここは伊那市にオープンしたコメダコーヒーさんの店内です。コメダさんは名古屋発祥のコーヒー専門店で、こんな田舎にまで店舗があるんですから、かなりのチェーン展開をなさっておられるお店なんだと思います。

なぜ、このお店に行ったことがブログネタになるのか?・・・実は、我が愛娘が名古屋でアルバイトをするっていうことになって、先輩に誘われたのがこういうタイプのコーヒー屋さんだったらしいんです。まだ何も決まっちゃいませんが、一体どんな雰囲気なのか気になるのは親としては当然の心持ちで、伊那にあるんだから行ってみようって話になったわけです。

名古屋の方には申し訳ないんですけど、名古屋って珍妙な食べ物が多いそうじゃないですか(笑)。具体的には知りませんが、特徴を聞いただけだとちょっとギョッとする類の食べ物です。写真の一品もそんな感じで、焼いたパンケーキ(?)の上にアイスクリームが乗っているっていう、熱いだか冷たいんだか、どっちを先に食べればいいのか、それとも一緒に食べるのか、もしかしたらアイスクリームが溶けるまで待ってなくっちゃいけないのか・・・。

『シロノワール』っていう名前だそうですが、女房はその存在を既に知っていて、知っていた割に「『シノロワール』下さい」って注文して、店員の女の子に吹かれてました(笑)。決して変な味じゃありませんでしたが、この組み合わせのどこに美味しさを感じればいいのかが、未熟な私には今回だけじゃ分かりませんでしたね(汗)。

店員さんの応対はしっかりしていて、店内の雰囲気も気持ちが良かったんですけど、娘にこの手の仕事ができるのかヒジョーに心配です(汗)。つまづいて、お客さんの高価な洋服にコーヒーをこぼしちゃって、そのお客さんがちょっと怖そうな人で、問題が大きくなっちゃって・・・気になって、夜も眠れまへん・・・ウソウソ(笑)。


□□□ ホントにやれるのかなぁ □□□
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郵便

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信濃鶴が県外出荷を始めて9年目くらいになるんですけど、おかげ様なことに、この間にお取引き先も少しは増えてきました。また、県外じゃなくても、長野市や松本市といった駒ケ根市からは遠い県内の大きな街でも売っていただけるようになって、この田舎から飛び立つ鶴の数は少しずつ増えてきてはいるんです。ま、トータルで見ると売り上げは伸びちゃいないんですけどね(涙)。

そんなふうに遠く離れた酒販店さんとお付き合いすることが多くなった結果、以前よりも郵便物を送る機会っていうのが増えてきました。何か重要なお知らせとか、一番多いのは無濾過生原酒みたいなスポット商品の注文書だとかは直接お店にお届けしてますから、封筒で送ることが多くなったんですよね。

メールも活用はしてるんです。簡単なお知らせ程度はメールで済ませちゃってるんですけど、メールでのやり取りを好まれないお店もありますし、少し高齢なご店主ともなればインターネット自体触れないっていう場合もありますしね(笑)。このご時世にあっても、現物を送り届けるっていうことには意味があるってことなんだと思います。

ですが、こういう郵便物を作る作業はチト面倒臭いですよね(汗)。我が社での送り先なんて多くても50件くらいですが、先日も無濾過生原酒の注文用紙を送る際には、封筒を用意して、切手を貼って、宛先を貼って、連絡文と注文用紙を入れて、封をして、それでようやく郵便局に出せるっていうことですもんね。女房と二人で残業しちゃいましたよ(笑)。

実は、宛先のタックラベルを印刷するのもまどろっこしくて、これは使ってるエクセルのバージョンが古いからなんですけど、いちいち印字位置を指定し直さなくっちゃならないもんだから、パッと処理できなくて困ってるんですよね(涙)。これって、新しいバージョンだったら、当然記憶しておける・・・んだよねぇ?

それでも、この封筒の束を手にすると、これだけの方達とつながっているんだっていう実感みたいなものがあって、とてもうれしいもんです。メールには重さはありませんけど、50部からの封筒っていえば、それなりにズッシリときますからね(笑)。ちょっと時代遅れな感のある伝達方法ですけど、そのダサさが鶴らしくていい・・・って言ってもらっても、そんなに価値のあることじゃぁないか・・・(汗)。


□□□ 簡単に1位と引き離されましたね □□□
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電柱

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上の写真、なにか電気工事をやってるっていうことはお分かりになるかもしれません。よくよく見るとどこかで見たような場所、長生社の構内じゃないかってこともお気付きになりましたかね。更によく見ると、トラックにはコンクリート製の電柱が載っているし、クレーンの先にも何やら電柱らしきものが吊り下げられているんですよ。

長生社の構内に電柱なんかあるんかいなとお思いになるかもしれませんが、あるんだな、これが!氏素性もハッキリとした、正真正銘の電柱です。正真正銘の電柱って何なんだって話になりますが(笑)、これは、NTTさんが所有している、れっきとした電話回線用の電柱だっていう意味です。

実は、会社で使っているその他の配線もちょっと間借りして使わせていただいていたりするんですけど、とにかく、土地はこちらでお貸しをしている形ですが、所有権はNTTさんっていう珍しい電柱です。これも、我が社の長い歴史の中でこんな風に構内に1本だけ取り残されたようになってますけど、NTTさんとするとしっかりと管理している設備ってことになるんでしょうね。

古い電柱はもうそーとーにボロい木製で、NTTさんでは立て替えるっていう判断になったようで、しばらく前から打診されてました。場所はどこへ移してもらってもいいっていうお話だったんですけど、先ほども言うように間借りしている配線もあったりしましたから、大体同じ位置に立てていただきました。

長生社の蔵と共に我が社の古さを代弁しているような電柱でしたが、なんだかそこだけ真新しくなっちゃって、最初はかなり違和感を感じさせてましたね。でも、数日もすると気にもしなくなって、いつ立て替えたかなんてこともそのうち忘れちゃうんでしょう。ま、この電柱が朽ちる頃には、間違いなく蔵の方がダメになってるはずですからそんなことどーでもよくなってるはずですけど(笑)。

電柱を立てるなんていう現場をゆっくりと見学したことなんてありませんでしたから、今回は気にして見てはいたんですけど、なんだかあっと言う間に立て替えられちゃっていて、かなりの拍子抜けでした(汗)。天然記念物的な木の電柱がサッと新しくなったように、大正9年製の我が蔵も、ひと晩で新しくできればこんなに楽なことはないんですけどねぇ・・・お金のことは別にしてね(笑)。


□□□ 1位と接戦です □□□
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発泡清酒

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数日前のブログに載せた写真を再掲しますね。コメントにも、この液体に対する疑問の声が上がってましたし(笑)、記事の中でほとんどご紹介もしませんでしたから、この写真に絡めて少しお酒のお話しをしておきましょう。こんなこと書いといてナンですが、私はこの中の液体について詳しくは分かってないんですよ、実は(汗)。

工業技術総合センターの食品部門の技師の方が実験していたのは、発泡性のある液体についてでした。皆さんもどこかで目にされたことがおありになるかもしれませんが、最近発泡性のある日本酒っていうのの種類が増えてきてます。微発泡でちょっとだけシュワッとするタイプから、ゆーっくりと蓋を開けないと中身がドバッと吹きこぼれてしまうような物まで種類は様々です。スパークリング日本酒だなんて、カッコいい呼び方をしている製品もありますね。

この『シュワッ』との正体は、皆さんもご存知のように炭酸ガスなんですけど、この炭酸ガスがどこから来ているのかは、その製法によって異なってくるんですよね。例えば、冬の間にに発売される鶴の無濾過生原酒は、搾った直後のお酒をビン詰めしますから、何にも手を加えなくてもちょっとだけピリピリ感じたりもしますが、これは発酵直後のお酒の中にごく普通に残っている炭酸ガスなんです。

これに対して、炭酸ガスをより多くビンの中に蓄積させようと、作為的に何らかの方法をとっているお酒が最近は多いわけです。長生社の様に小さな蔵元でもやり易いのが、ビンの中に生きた酵母菌がある程度残るように封入して、ビン詰め後にビンの中で少し発酵を進ませて、その発酵によって生成される炭酸ガスを蓄積させる方法ですかね。しかし、どのくらいのガス量になるのかは、成り行きまかせな部分もありそうです。

もうひとつ、単純な考え方として、出来上がったお酒に後から炭酸ガスを含有させる方法があります。無いものを足すっていう発想ですから簡単そうに思えますが、お酒等の液体に炭酸ガスを吹き込むっていうのは案外面倒臭いみたいですよ。ガスが液体から逃げないようにするために耐圧性の容器に入れて、ガスが溶け易くするために温度を下げて、その中でポコポコをガスを吹き込むようなことをするんだそうです。

上の写真は、そんな方法で作られた炭酸水みたいなもんで、実験結果は上々だったみたいですよ。コンビニ等に並んでいる炭酸水もいろいろとありますが、基本的には水にガスを吹き込むっていう方法で作るんでしょうね。日本酒にも、新たなシュワッと感が生み出す新しい味が出現するんでしょうか???


□□□ 最近ランキングが1位に近いです □□□
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入賞報告

もう、日本酒に興味のある方なら情報収集されておられることとは思いますが・・・私としても、結果が思わしくなくて言いそびれてたってわけでもないんですが・・・きっと、ネット上でも話題にはなっているはずですが・・・数日前に結果は発表されていて、何となく今さら感があって切り出し難いっちゃ難いなぁ(笑)。

今年の全国新酒鑑評会の結果ですけど、もし金賞だったら発表当日に喜び勇んでこのブログで発表してるに決まってますから、そうじゃなかったってことはお分かりでしょう(涙)。結果は『入賞』ってことで、まぁ、何にも取れなかったよりは良かったんですけど、金賞じゃなかったってことには変わりがありません。

この鑑評会では、1次審査(予審)に通ったものが『入賞酒』、更に2次審査(決審)まで通ったものが『金賞酒』ってことになって、全国金賞という日本中の蔵元が渇望する勲章に至るわけです。当然、中にはそういうことに興味のないお蔵さんもおられますが、大方のお蔵さんでは一生懸命に出品酒造りに精を出しておられるんじゃないですかね。

もちろん、信濃鶴だってベストを尽くして臨んだんですよ。ですから、結果に対して悔いは残りませんが、あまりそういうことを言うと負け惜しみだと思われるかもしれませんし、実際のところは負け惜しみですからこれ以上は言いますまい(笑)。ま、昨年は入賞にも手が届かなかったんですから、少しは進歩したとご理解下さい(汗)。

近年成績の振るわなかった我が伊那谷の蔵元も、『夜明け前』さん、『信濃錦』さん、『喜久水』さんの3蔵が金賞で、かなり優秀だったんですよ。特に信濃錦さんは鶴と同じ美山錦の純米大吟醸っていうスペックでの受賞ですから、相当にレアな金賞のはずで、アッパレアッパレだったんじゃないですかね。

近年は、純米大吟醸での出品も多くなってますし、使用米が山田錦でないお酒も増えてきましたから、これから更にバラエティ豊かな構成になっていくかもしれません。コンテストですから物差しはひとつってことになりますが、飲んで美味しいお酒が評価される、消費者のための鑑評会になっていって欲しいもんです。

今年の鶴がどうだったかは、実際にたくさん並んでいる中で味を見てみないと分かりませんが、やはり今の金賞酒の味のスポットからはズレていることは確かでしょうから、そこに対してどう修正をかけるかが来年の課題でしょう。私とすれば、『純米吟醸の部』っていうのができれば鶴の金賞受賞確率が上がるんじゃないかと、密かに妄想してるんですけどねぇ(笑)。


□□□ 純米での金賞が増えてほしいです □□□
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新聞広告

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ちょっといつもと違うサイズの写真になってますけど、これは我がブロ友『ありの実』さんが送ってくれたものです。上手くアップできてるかな?ご覧になればお分かりのように、信濃鶴と、今はもうなくなってしまった駒ケ根市内で造られていた伊那菊というお酒の新聞広告です。かなり古そうな新聞であることは、紙の色の黄ばみ加減で推測できるんじゃないですかね。

ありの実さんが実家の戸棚の片付けを手伝っていて出会ったんだそうで、この写真の新聞の日付は昭和46年2月19日だったそうです。雛人形の詰め物だった『箕輪・辰野新聞』っていう町民新聞で、駒ケ根からは少し離れた町になるんですけど、昔はそんな所の新聞にまでお酒の広告を出していたってことなんですねぇ、ビックリしました。

この、鶴が太陽(?)を背景にして飛んでいるデザインは、昔の2級酒のレッテルのものだったと思います。私が入社した頃にはもう使われていませんでしたが、倉庫の奥の方に大量に在庫が残っていたのを覚えています(笑)。今は無き伊那菊さんのロゴも久し振りに見て、とても懐かしく思いましたね。ちなみに、伊那菊ブランドは辰野町の小野酒造さんが造り続けておられます。

昭和46年っていうと、まだ日本酒も全盛期って頃でしょうか。日本酒全体の出荷のピークが昭和48年だったと言われてますから、まだまだ下降することを知らない市場で、造っただけ売れるっていう、今じゃ考えられない様な時代です。その時から比べると、日本酒の出荷量はほぼ3分の1になっていて、自社も含めてよくもまぁこれだけの酒蔵さんが生き残っていられるもんだと思っちゃいますね(汗)。

そんな時代に戻って製造量が増えても今の鶴の品質は維持できませんから、それは望まないにしても、日本酒がもう少し日常に浸透した地位を回復できればうれしいんですけどね。今となっては古き良き時代の遺品でもありますから、私の親父なんかが見たらもっともっと懐かしいんでしょうねぇ。「あの頃は良かった・・・」なんて、遠い目になっちゃうかもしれません(笑)。


□□□ ありの実さん、アリガトー!!! □□□
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初体験(おまけ)

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最近は、シリーズもののブログを書くと必ず最後に『おまけ』記事が付くようになってますけど、本文の量が多いくらいの内容の時にはそれに伴う本文以外の部分の思い出もあるわけで、あまり実のある話じゃないとしても付帯記事を書きたくなっちゃうのは当然の成り行きなんですよね。で、今日もそのノリでいってみます(笑)。

ご覧の様に、今回の麹の試し造りをやっている間に食べた物の記事ってことですけど、何を食べたかが問題じゃなくって、どのくらい食べたかにご注目いただきたいんです。その量が推測できるのが1枚目と3枚目の写真じゃないですかね。何となく普通サイズに見えて、実はどれもが大盛りやら超大盛りのサイズになってるんですよ。お分かりになりますかね。

1枚目は、カレー専門のチェーン店『CoCo一番屋』さんのカレーなんですけど、何気に普通に見えるかもしれませんが、ご飯の量が800グラムの超大盛りです。普通サイズが300グラムですから、その3倍近くあるってことで、メニューに載っている最大サイズ(汗)。当然私が食べたんじゃなくって、センター職員のT君が挑戦したんですけど、あれよあれよという間にサラサラと食べ切っちゃって、見ていてあまり面白くありませんでした(笑)。

2枚目は、長野市内で行列の出来る人気ラーメン店『阿吽(あうん)』さんの塩ラーメンで、それほど特盛りな感じじゃありませんがこれも大盛りです。お昼時ってこともあったでしょうけど、お店の前には人が並んでいて、入るまでにしばらく待たされましたね。あっさり系な塩味で、麺も含めて全体のバランスがとても良いラーメンだと思いました。大盛りでも、飽きることなく最後までドンドンいけましたよ。

お次もよく見ていただけばお分かりになると思いますが、とてつもない量のパスタなんですよ。Sが150グラム、Mが300グラム、Lが450グラムみたいなサイズになっていて、Sですら普通のパスタより多いのに、この日は一緒に行った4人全員がMを注文(汗)。こんなの、食に飢えた男子高校生の食べ物でしかないかと思っていましたが、割と麺食いな私は300グラムを完食できました。美味しかったから食べられたんですけど、ゆっくりとではありましたがT女史も平らげていたのにはびっくり(笑)。

今回の試し造りにご一緒したメンバーが、どういうわけか大食い傾向の方達ばかりで、全ての食事が無条件に大盛り指定になっていて、一番オジさんだった私は胃がお疲れ気味になっちゃいました(汗)。ま、このくらいしっかり食べれば仕事もしっかりできるでしょうから、これからの長野県の日本酒は先が明るい・・・かもしれません(笑)。


□□□ 最後の一枚はちょっとしたテストドリンク? □□□
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初体験(最終回)

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今から考えると、このシリーズの『初体験』っていうネーミングはチトおかしかったですね(汗)。ま、そんなこと考えてられないほどドタバタした状況でブログを書き続けているってことでご理解下さい。『こけら落とし』とかじゃ、あんまりにも私達がメインでやったような印象になっちゃいますし、『使い始め』もなんか変だし(笑)。

とりあえず、麹造りの第1段は終了しました。設備自体は新しいし、全体としてはシステマティックに設計されてますから、やり易かったと言っていいでしょうね。全く使い方の分からないような機械類はなかったですし、標準的な設備になってますから、今後誰でもが使えるように整備し易いんじゃないですかね。

設備自体は整っていても、例えば普通のお蔵さんであればしっかりと準備されている、どのようにでも使える布だとか、ちょっとした隙間を作るために流用できる角材だとか、雑巾やホウキに至るまで、細かい、でも重要な小物類がかなり不足してますから、どんなものが必要かまだまだ考えなくっちゃなりませんけどね。

以外に困ったのは、仮眠室ですかね(汗)。そんなものを作る予算まではなかったでしょうし、実際にもそれほど使うわけじゃないんですから要らないって言えば要りませんが、泊まり込んで麹を造ろうとすればやっぱり必要にはなります。センターにも休憩室があってそこでも寝られますが、職員の方のロッカーとかも置いてあって朝ゆっくりできなかったりしますから、麹室で寝るのが一番楽かな(笑)。

今回、私も出麹まで最後まで見届けることはできなかったんですけど、職員の方から連絡をもらったところによると、麹の出来はまずまずだったようです。次回は今回の経験を生かして、もうちょっと上手くできるでしょう。将来的には、ここで造ったお酒が全国金賞を取ったりしたら面白いんですけどね(笑)。

会社を空けなくっちゃなりませんでしたし、2晩はそれなりに眠れない夜でしたから疲れましたけど、こんな立派な設備のこけら落とし(?)に関わらせてもらっていい経験になりました。とりあえず今回は試し造りってことで、本番は来週の養成講座ですし、その先には長野県のお酒造りの今後を担う様な研究の場になることを心から期待したいですね。


□□□ 写真は新設備の一部です □□□
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初体験(その3)



さて、そんじゃ私は工業技術総合センターに泊まり込んで、一体何をやってるんでしょうか?それは、本当に純粋な麹造りなんですよ。やっていることは、冬の間に蔵でやっていることと同じです。それを、今回完成したここの施設を使って、とにかく第一発目でもあることですし、一応恥ずかしくないレベルの麹を造るべく頑張っているわけです。

最終的には、誰が造ってもある程度は安定した麹になるように道筋をつけたいっていう思いですけど、今回は一発勝負であって、そんなことは二の次で、とにかくまともな麹ができるのかどうか、その製造過程をある程度マニュアル化できるのかが最大のポイントですかね。この設備ならではの注意点なんかも分かれば、ハッキリとさせておきたいですしね。

先日も書いたように、酒造技能士の養成講座の生徒の皆さんにひと通りの酒造りをやってもらうわけですから、特に重要だと思われる麹造りを押さえておこうっていうのが大目的です。まともな麹ができなければろくな酒にはなりませんから、センターの先生方も麹造りにはとても気を使っているものの、先生方にもこの施設を使った経験がありませんから、実践を積んできた私達現場の人間にお手伝いの要請が来たわけです。

このブログにも度々書くように、ちゃんと手順を踏もうと思えば、どうしても夜中の仕事が出てきちゃうのが麹造りです。とにかく恥ずかしくない物を出そうと思えば、とにもかくにもやることだけはやってみるっていうスタンスになりますから、夜中の仕事も手抜き無くやってます。実際の研修の時に生徒の皆さんにも夜中やってもらえるかどうか分かりませんが、今回は手間ひま考えずにやってみようってことで、私もセンターに寝泊まりすることになったんです。

ここで、ちょっとだけ解説をしておきますが、前日と前々日にアップした写真は、決して決して私の寝床ではありませんからね!!!あれは、麹を造る部屋にある台で、あの上で蒸したお米を広げたり、種を振ったり、箱に盛ったりするための物です。決して、私が過酷な状況に置かれて、あの硬い木のベッドに寝かされているなんていうことはありません(笑笑笑)。

ご覧になってお分かりのように、麹室(こうじむろ)は全面板張りなのが一般的です。今ではステンレス製の麹室もありますが、古い物はほぼ板張りでしょうね。中で使う道具も木製の物がほとんどで、新品の麹室は目が痛いほどに木の香りが充満してます。こんな麹室の初使いをさせてもらえるっていうのも、大変な反面めったにできない経験で、今後私の中での語り草になっていくんでしょう(笑)。


□□□ 眠い眠い □□□
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初体験(その2)



いろいろとやりづらい要素は多いわけです。とにかく、誰もこの設備でお酒なんて造ったことがないし、設備的にはマイクロな量にしか対応していない小さなものだし、自分の蔵とは全く違った機材ばかりだし、新しいがゆえにあれこれ足りない物も多いし、職員の皆さんも知識はあっても実務経験は少ないし・・・全く手探りってわけでもありませんが、慌てふためくことがかなり多いです(汗)。

そう考えると、自分の蔵でできていることって、これと言って特別な準備もなしに何不自由なくこなせるようになってるんですから、これまでの歴史があるとは言え、スゲーことなんだと改めて思っちゃいましたね。昨年同様の準備をするっていうことと、全く新しい設備を稼働させるための準備をするっていうことがいかに違うことか身にしみて感じてます(汗)。

それでも、大変だ大変だっていう部分が半分としても、残り半分は新しいことへの挑戦でもありますし、かなり楽しんでやってる部分も大きいですね(笑)。最新鋭っていう設備ではありませんが、要所要所はしっかりした機材になってますから、何か作業がやりづらいとか、思ったように事が運ばなくて四苦八苦するような状況がなくて、基本的にはやり易いと言っていいでしょう。

本当に走り始めたばかりの施設ですから、とにかく今の私の使命としては、ここで用意された設備機器を使って、より安定的にお酒ができる道筋をつけるっていうことが第一で、それをこれからの若い酒造技能士達に勉強していってもらえれば、それがひいては長野県全体のレベルアップにつながるでしょうし、信州清酒が大きく羽ばたく基礎になってくれると期待してます。

私の技術なんてまだまだ駆け出し同然ですし、手練れの熟練杜氏さんを招聘して、この場で教えを請うなんていうことも可能かもしれません。今回、私以外にも県内のお蔵さんからアドバイザーとして数名が参加してますが、その人達とあれやこれや話し合うだけだって、自分の蔵との違いも分かって、いろいろと勉強になることが多いですもんね。

こんなに忙しい時に会社を空けてまでやるべきことなのか、私としても苦しい部分も大いにありますが、社員のみんなにも助けてもらって、なんとか長野県の酒造業のお役に立てるように頑張ろうと思ってます。そのうちに、うちの若手だってお世話になるかもしれませんし、その時に大手を振って利用できるように、寝る間を惜しんで、新しい木の香りがプンプンする麹室に足を運んでます。


□□□ この時期に麹を造るなんてねぇ □□□
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初体験(その1)



これから数日、私の初体験のお話が続くと思います。初体験と言ったって、お酒造りに関することであって、それ自体は初めてのことじゃありませんが、お酒を造る環境がこれまでにない状況だってことで、とっても珍しい体験談になるんじゃないですかね。大変と言えば大変な仕事ですが、これも今後の長野県のお酒造りに役に立つことだと自分に言い聞かせて頑張ってます。

今、私がどこにいるかって言うと、長野市の工業技術総合センターの仮眠室(?)みたいな所です。今晩と明日の晩はここに泊まり込むことになってるんですよね。どーしてか?そこが一番重要ですが、麹を造るためにって言えばいいか、新しい設備の試運転のためにって言えばいいか、これからの長野県のお酒造りのためにって言えばいいか・・・。

いつかここでも話題に上ったことですが、昨年、この工業技術総合センターでは県からの予算が付いて、とても立派な製造設備を導入することになったんです。これは、お酒ばかりじゃなくて、ワインやビールのアルコール関係、味噌や醤油の醸造関係、そばやお菓子の加工食品関係等、いろんな業界のための基礎研究を行うための設備なわけです。

その一連の施設も完成して、これから稼働し始めるところなんですけど、私達日本酒業界にとっては、初めて長野県に実際の仕込が行える場所ができて嬉しい限りではありますが、まだこの設備を使って誰もお酒を仕込んだことがない現在の状況で、まず手始めに酒造技能士養成のための勉強会の生徒さん達に、お酒造りの実体験をしてもらうために使ってもらおうってことになったんです。

で、ぶっつけ本番で新しい設備を使うってわけにもいきませんから、とにかく一番肝心の麹の製造だけは事前に一度試験製造をやっておこうっていう話になって、その際にセンターの若手職員がやってみる時のアドバイザーとして面倒を見るっていう役割が、こともあろうに私に回って来ちゃって、それで泊まり込みの試験製造に付き合う羽目になったわけです(汗)。

私がとても優秀な杜氏だから白羽の矢が当たったっていうんならカッコいいんですけど、全然そんな話じゃなくって、たまたまその技能士養成講座の担当になってたっていうだけの話で、若手職員と一緒に新しい設備を手探りしながら使い始めたってところです。まぁ、最初から難題続きで簡単にはいきませんが、私もこういうことは好きな方らしくて、案外のめり込んでやり始めました(笑)。


□□□ まさか泊まり込みになるとはねぇ □□□
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お気に入り



今日は、私とするとチト悲しいお知らせってところなんですが、靴のお話なんです。なぜに靴の話題かっていうと、この靴は造りの時期専用の靴だったからです(笑)。蔵と家の往復から始まって、蔵で長靴を履いている時以外は履いていたと言ってもいいほど、私にとっては思い出深い一品だったんですよね。

こんなによく履いた靴は、これまで私の人生の中でもそうはなかったんじゃないかと思うほどシッカリと履き潰しました。確か、娘が保育園に入るかどうかみたいな歳だったんじゃなかったっけ。買った靴を持って、私の前をコロコロと歩いていたのを覚えてますから、15年くらい履き続けたのかもしれませんけど、物持ちが良過ぎでしょうかね(笑)。

ちゃんとしたメーカー品です。某ナ○キさんですが、ちょうど1万円くらいだったと思います。ナ○キさんの靴は基本的にはあまり私の足に合わない気がしてるんですけど、この靴はジャストフィットで履き心地が良かったですね。ま、だからこそ長い間履くことができたんでしょうけどね。

ご覧のように、靴底のゴムがはがれてピラピラしちゃって、歩くとペタペタうるさくてもうダメって感じになっちゃいました(汗)。女房に言わせると、既に数年前には人前で履くのが恥ずかしいくらいの見てくれになっていて、ここまで履かなくても誰も怒らないくらいにはなっていたんだそうで・・・(笑)。

この靴のいいところは、スポッと簡単に履けて、でもフィット感は高くて履き易かったんです。ちゃんとした革製で、とても丈夫で長持ちしましたね。ラスト数年はもうクタクタになっちゃって、確かに見栄えは悪かったかもしれませんが、それがまた履き易かったりしたんです(笑)。ってなわけで、完全なる私のお気に入りだったんですけどね。

いくらなんでももうダメだってんで、この数年この靴の代わりの製品を探しているんですけど、流行りもあるんでしょう、こんなタイプの靴は今あまりないんですよね(涙)。どなたかいいのをご存じだったら教えてください。かなり高くたって、15年履けばペイするでしょう(笑)。


□□□ かかとの低いのがいいんだけどなぁ □□□
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打ち上げホルモン

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失敗しました、この写真(汗)。てっきり反対側にZENさんの手も写っているようなつもりで撮ってましたけど、改めて見てみたらカケラも写っちゃないですね。この時、彼も何かに投稿してたみたいですから、写真を撮っている動作をそんなふうに勘違いしたのかもしれません。いずれにしても、東京メッセの終了後に慰労会で飲みに行ったの図ということでご承知置き下さい(笑)。

ま、そんなことも分からないくらいに疲れていた・・・ってことでもありませんが、大勢のお客さんのお相手は大変な仕事ですし、2時から8時まで6時間ぶっ通しの立ちっぱなしでしゃべりっぱなしですから疲れてないわきゃないんですよね。そのほとんどをお付き合いいただいたZENさんと、終了後の打ち上げに行くくらいは許されていいでしょう(笑)。

例年だと、もっとたくさんの人が押し寄せて、なんだかワイワイガヤガヤとした打ち上げになるんですけど、今年は最後まで残っていたのがZENさんしかいなかったっていうこともあって、2人だけのしっぽりした飲み会になりました。実は、メッセの前2日間に東京の営業回りをして疲れていた私には、ちょうどいい晩御飯になりました(笑)。

いつもいく居酒屋さんは一杯で入れなくて、その周りのとても品川駅前だとは思えないような狭い小路の中をさまよって、行き場を失って転がり込んだのはホルモン料理のお店でした。その時たまたま席が空いていたんですけど、私達が座った後から後からお客さんが入ろうとしてみんな断られてましたよ。毎日こんなに盛況なら、さぞやこの一画にある居酒屋さんは儲かるでしょうね。

私は普段ほとんど肉類は食べなくなってますから、ここまで肉々しい料理は本当に久し振りでした。このお店の名物だっていう激辛のモツ煮も食べましたし、センマイとかあまり聞いたことのない様な部位もオーダーしてみました。ZENさんとの話の方がメインでしたから、食べるものは何でも良かったんですけどね(笑)。この日は飲むのもほどほどに切り上げて、気持ち良く帰って来れました。

ま、後日談とすれば、翌日ホテルで目が覚めると、何となくお腹の調子が悪くて・・・。食べ慣れない物を、それも極辛みたいな物をたくさん食べたからだったんでしょうが、翌日の営業はあまり気持ち良くありませんでしたね(汗)。それでも、一生懸命ノルマをこなして、帰りのバスに乗り込んだ頃から調子良くなりましたけど(笑)。


□□□ ホルモンが合わないのかな? □□□
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酒メッセin東京2015

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ちょっと記事にアップするのが遅れ遅れになっちゃいましたが、今年も開催しました『長野の酒メッセin東京』です。ネパールの記事が長引き、ゴールデンウィークについてもそれなり書いちゃいましたから、全然リアルタイムじゃなくなって申し訳ないんですけど、我が長野県酒造組合のメインイベントのうちのひとつですから、とにもかくにもご報告をば(笑)。

会場はこれまで同様に品川のグランドプリンスホテル高輪さんにお願いしてあったんですけど、数日前の天気予報でこの日は台風直撃だなんて言われててとっても心配してたんですよね。ラッキーなことに少し速度が速まったようで、この台風は前の晩に通過しちゃったもんだから、当日は天気も良くってイベント日和になってくれました。

混雑時の写真が撮れなかった時のために準備が始まった頃の様子を写しておきましたが、ここで写真が撮れたと思って安心しちゃって、肝心の混雑時のものを忘れる傾向にありますから、もしかしたら私の場合には気を利かせて事前に準備なんてしとかない方がいいかもしれません。まぁ、この会場が人で埋まった様子をご想像下さい(笑)。

実際にも、本当に人で埋まったっていう感じで、大盛況と言っていい程の活況でしたね。入場者数は2200人を超えたなんて話ですから、こちらの予定数の2000人を遥かに超えた数字になったってことなんでしょう。もしも、来年これ以上の数字が予想されるということであれば、もうこの会場はキャパのオーバーで使えないかもしれませんね(汗)。

午後の2時~5時までが飲食業界関係者様向けの時間、5時からが一般のお客様も入っていただける時間っていうように分けてあって、いつもだったら5時までは空いていて商談的なお話もゆっくりできたりするんですけど、今年に関してはその時間帯もお客さんで一杯で会場内がムンムンするほどの熱気でしたね。

どうやら、首都圏の酒販店さん方がおっしゃるように、東京では日本酒がブーム的に売れ始めているようです。かつて焼酎に流れたお客さんが日本酒に戻ってきただけっていう見方もあるかもしれませんが、黙っていても日本酒の売り上げが伸びていくような状況っていうのを私も肌で感じたような気がしました。ただ、信濃鶴の売り上げはそんなふうになってはくれてませんけどね(涙)。

酒販店さんも、飲食店さんも、何か新しい銘柄がないかと一生懸命に探しておられるって感じで、頂いた名刺の数も例年よりは多くなってましたね。案外こういう時には、東京に全く出荷してなかったようなお蔵さんのお酒が注目を集めるかもしれません。それが、今後の販売のためのいいきっかけになってくれればいいんですけどね。そういう新規分も含めて、信州のお酒全体の認知度が上がってくれるのを期待したいもんです。

今年もZENさんとA酒店さんが鶴ブースを手伝ってくれました。何年も経験を積んで、もう説明員としては全く問題ないレベルです(笑)。その分、私もたくさんの方といろんなお話をする時間ができて、本当に大助かりです。ZENさん、Aさん本当にありがとー!!!感謝感謝です!!!

今年も定番イベントが定番メンバーで開催できてホッとした気分になるあたりは、12回目を迎える東京メッセがいかに着実に成長してきたかを物語っているのかもしれません。日本酒好調の流れにしっかりと乗れるように、これからも頑張っていかなくっちゃね。


□□□ 久し振りに長文になっちゃいました(汗) □□□
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GWの思い出(おまけ)



昨日のブログでちょっと思わせ振りなこと書きましたけど、娘を連れての名古屋までのドライブには、今回ちょっとした思い入れ(?)があったんです。こりゃ、読者の皆さんにとってはどーでもいいことなので、種明かしをしたらガックリなさるかもしれませんけど、私にとってはひとつの大発見的な意味合いもあって、かなり意気込んで出発したんです。

どんな発見だったか・・・駒ヶ根市のある長野県南部の伊那谷を走っている国道はいくつかあるものの、私がメインで使っているのは国道153号線っていうやつです。中央道もそれに沿うように走っていて、交通の大動脈であることは確かですが、日々の生活に最も大切な役割を果たしている道路という意味では153号線の方が重要だと言っていいでしょう。

その153号線が長野県の中部にある塩尻市の、国道19号線と20号線との分岐点から始まっていることは知ってたんですけど、この道が一体どこまでつながっているのか、どこまでが153号線なのかは、これまで全く考えたこともなかったんですよね。そして、その答えは全く予期しない時に私の目に飛び込んできて、私をとっても驚かせたんです。

娘の下宿が決まって、下宿や大学周辺にどんな施設があるのかとか、名古屋の繁華街『栄(さかえ)』にはどうやって行くのかとか、いろんな日用品を売っているお店はどこにあるかとかを探してグーグルマップを見ていたら、ふと国道153号線っていう字が目に入ったじゃないですか。なんと、娘の下宿から歩いて行けるような所を走っていたんです。終点はどうやら栄の辺りみたいですね。

つまり、駒ヶ根を南北に縦断している国道153号線をそのままずーっと南下して行くと、娘の下宿に到着するんです(笑)。愛知に入るとその名称も『飯田街道』なんて書いてあったりして、名古屋から長野県の飯田を通って信州に向かう道っていう昔からの役割も見て取れました。これにはビックリしましたし、153号線を通じて何かご縁があるのかもしれないと思ったりもしましたね。

で、その153号線を全線走って娘の下宿まで行ってみたいってずっと思ってたんです。日帰りルートにするにはちょっとキツいかと思いましたが、いざ走ってみると3時間ちょっとで名古屋まで着いちゃいましたから、次回からは高速代をケチるためにも153号線を使うのがいいかもしれません。道もそれほど狭いような箇所はありませんし、ノロノロ運転の車が前にいない限り快適に走ることができます(笑)。

今回は、何が何でも153号線をトレースして走りましたけど、途中からショートカットできるルートもありますから、そこを使えばトータル150キロ、延べ3時間の道のりだと思います。これほどお手軽だったってことも、今回の大発見のひとつでしたね。これで、ますます名古屋に行きやすくなりましたから、なんとしても名古屋で鶴のお得意様を増やしたいもんですねぇ・・・。


□□□ 高速を使わなければ相当安上がりに行けます □□□
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GWの思い出(4日目)



さて、ついに私のGWも最終日です。4日間のお休みの全てを、いくら必要だとは言え、家の周りの仕事ばかりしてたんじゃチトつまらなさ過ぎますよね。楽しい思い出をどーしても作りたくて・・・ってわけでもないんですけど(汗)、読者の皆さんも期待しておられたかもしれませんし、最終日は娘と一緒に過ごすことで有終の美を飾っておきました(笑)。

当初の計画では、3日目まではしっかりと野良仕事をしておいて、その日の夜に帰省していた娘を家族3人で名古屋に送って行って、娘の下宿で1泊してから翌日に何か美味しい物でも食べて帰ってこようって考えてたんです。でも、高速道路の渋滞情報を見たら、その辺の時間帯はそっち方面の中央道は大渋滞の予測になってたもんだから、4日目の朝早くに名古屋に向かうっていう作戦変更を余儀なくされました(汗)。

娘はゴールデンウィークに帰って来たはいいんだけど、高校時代の友達と遊び回っていて私達となんて付き合ってはくれませんでした(笑)。帰省してきて家に籠もり切りっていうんでも困りますから、それはそれでいいんですけど、少しは娘と一緒にいたいと思っていたわけですし、名古屋までドライブがてら車で送って行くなんて、ゴールデンウィークらしい過ごし方じゃないですかね。

どうやって送って行ったかは稿を改めるとして、とにかく朝早くに駒ヶ根を出発して順調に下宿まで到着して、そんじゃ何を食べようかって話になったんですけど、そこはもう女房と娘が考えてくれてあったもんだから、私は素直にその案に乗っかりました。上の写真は何だかお分かりですか?そう、親子丼なんですけど、そんじょそこらの親子丼じゃなくって、名古屋コーチンの親子丼なんですよ。

娘はいくつか大学を受験しましたが、全て会場は名古屋市内で受けることができたんです。女房と一緒に2泊3日くらいの名古屋出張を数回やったわけです。その時に、どうやら私には内緒で2人で美味しい物を食べてたらしい(笑)。その中でも忘れられない味だったのが、この名古屋コーチンの親子丼だったらしいんですよね。これはお父ちゃんにも食べさせたいって、前々から我が家でも話題に上ってたんです。

お店の名前は忘れちゃって実に申し訳ないんですけど(汗)、こりゃぁ美味かったですよ、本当に!鶏料理のお店みたいですが、ほとんどのお客さんがこの親子丼を注文してた感じです。もうねぇ、鶏肉がプリプリ弾力があって、味もいいんですよ。百貨店の飲食店街に入ってるお店でしたが、行列ができるのもうなづけましたね。しっかりと働いた最後のご褒美がとても美味しくて、満足満足のゴールデンウィークとなりました。


□□□ 味もいいけど値段もよかったです(汗) □□□
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GWの思い出(3日目)



連休3日目は、純粋に畑仕事に従事してました(笑)。1日目に野焼きをしたのは、実は畑の真ん中だったんです。別に環境に悪いものを焼いていたわけじゃありませんし、焼け残った灰は畑の栄養にもなりますから、これから野菜を育てていく上で問題になることは無いはずですが・・・もしかしたら、土中の有用な微生物が熱で死んじゃうとかあるかなぁ・・・(汗)。

ま、毎年そうやってたわけですから、いつものように作業を粛々と進めていくとなると、次は野菜の苗が植えられるように畑を耕さなくっちゃなりません。例年ならもう連休までに耕すのは終わってる予定だったんですけど、いろいろあって遅れちゃってたもんだから、少し焦りながらの作業になりました。野焼きの熱は翌日までチンチンに残ってましたから、3日目じゃないと耕せなかったっていうのもこの日になった大きな理由ですけどね。

耕す前に、野焼きの後の灰と、ある程度の肥料を畑全体にまいておきます。きっと、我が家の畑に適した肥料の種類があると思うんですけど、今年はそんなことかまっていられなくて、とにかく納屋に残っていた肥料類を全部畑にぶちまけておいて、大きな草だけを抜いてから、我が家の小さな耕運機で耕し始めようとしたんですけど、ここでチト思わぬトラブルが発生しました(汗)。

今年は畑仕事は全て私ひとりでやってたんですが、親父がいなかったもんだから、いつもと同じようにコトが運ばないと困ったことになるわけで、その思わぬ事態というのが耕運機のエンジンがかかってくれないという状況(汗)。古い機械ですからそんなに調子いい訳じゃないことは分かってましたが、いつもに増してかかりが悪い、っていうかかかってくれないんです(涙)。

そんなにしょっちゅういじっている機械でもありませんから、ご機嫌が悪い時にどこをどう調整すればいい子になってくれるのか、私にはほとんど分かってません(汗)。それでも、機械が好きな男の子ですから、あーでもないこーでもないとやっているうちに何とか動くようにはなったんだけど、しばらく暖機しているしているうちにエンストするようになったりして、思うようにいかずにこの温厚な私もイライラし始めて・・・。

ま、エンストするのはガソリンが無かっただけだったんですけど(笑)、いつもだったら簡単に始動するところが、1時間近く手間取っちゃいましたね。動き始めてしばらくしたら順調になりましたけど、次回もあんなに苦労するかと思うとかなりブルーです(汗)。動いてさえくれればあとはいつも通りですから、写真でご覧のようにホクホクの畑になりましたよ。ここに野菜の苗を植えるための畝(うね)を作って、この日の野良仕事はなんとか完了となりましたとさ。


□□□ 我が家は農家です □□□
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GWの思い出(2日目)



さて、前日の野焼きで焼けた顔を赤くして臨んだ2日目のお仕事は、これも毎年の話題ではありますが、写真でご覧頂いているように味噌の仕込でした。考えてみれば、どーしてこの時期にやんなくっちゃならないんですかね?大豆さえ調達できれば、もっと別の時でも良さそうなもんなのに、他のご家庭でもゴールデンウィークに仕込むって話を聞きますから、何かこの季節がいい理由があるんでしょうねぇ。

今年は他にもやることだらけだったもんだから、煮てからフードプロセッサーにかけて潰すまでは女房がやってくれて、その後の塩と麹と混ぜるところからの参戦となりました。量なんて大したことありませんし、大変なのは大豆を潰す作業くらいですから、今年は楽勝で終わっちゃった感じでしたね。その分女房は大変だったでしょうけど(笑)。

やったことがないと何となく難しそうに思われるかもしれませんが、味噌の仕込はとても簡単なんですよ。基本的には、塩と麹と潰した大豆を混ぜるだけなんですからね。これまで作ってきてみて、茹でた大豆の潰し加減がまだよく分かってこない気がしますが、荒くたって細かくたって味噌にはなりますから大丈夫大丈夫(笑)。

でも、お酒の仕込と比べてみると、材料を混ぜて放っておくだけでできちゃう味噌って発酵物としてはスゴ過ぎじゃないですかね(笑)。お酒の場合は、麹菌とか酵母菌を意図的に大量に添加しなくっちゃなりませんし、その後の管理だって大変です。まあ、その昔はそんなもの全く添加しないでお酒を造ってたんですから、やっぱりお酒造りって神様の領域だったんでしょうけどね。

そんなことを考えながら、最後は全てが混ざった材料をこぶし大の大きさに丸めて、仕込容器の底をめがけて投げつけるようにして仕込んでいきます。なんでそんなことするかっていうと、中に空気が入らないようにするためなんだそうです。仕込の際のテクニックとしては、まぁこれだけってことでしょうから(笑)、材料さえ手配できれば誰でもできるはずです。最後に、カビ防止のための塩を一振りして完成です。

蛇足でご紹介しておくと、隣に置いてあるのは、なんと1年半発酵させた、つまり1年半放っておいた(汗)手作り醤油です。これを機に搾ってみましたが、コイツも立派に醤油になってましたよ(笑)。イヤー、日本の発酵文化ってスゲーですねー。これで、しばらくは冷や奴が美味しくいただけます。味噌も醤油も米山醤油酒店さんでキットが売ってますから、ゼヒゼヒお試し下さいねー!!!


□□□ どう作っても美味しくなりますよ □□□
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GWの思い出(1日目)



前夜祭は大いに盛り上がって、翌日からは徹底的にゴールデンウィークを楽しむための下準備ができたと読者のみなさんは思われたかもしれませんが、実は前夜祭はここだけしか楽しい部分があまりないと思ったから心から騒いだんであって、今年の私のゴールデンウィークは家の仕事に追われまくった4日間っていう感じに過ぎたんです(涙)。

初日は一番の大仕事をこなしました。何をしたかって言うと、一般的な表現でいけば『野焼き』ってことでいいんですかね。岳志家は半分農家みたいなところがあって、栗畑は広くありますし、その他にも昔からの流れで木がたくさん植わってるんです。それを管理するだけだって、相当な仕事になるんですけどね(汗)。

当然のことながら、各種の樹木は日々成長します。山の中とかであれば、自然の摂理に従って伸びられるように伸びていけばいいんですけど、家の周りや畑にある木は毎年剪定して、不要に伸びた部分を切り落としていかなくっちゃなりません。我が家の場合、一本の木から少しずつ切ったとしても、それをトータルすれば相当な木材の量になるわけです。

草と違って、木の枝っていうのは簡単に土に還ってはくれません(汗)。かと言って、どこかに積みっぱなしにしておいたんじゃ、数年で枯れ枝だらけの敷地になってしまうでしょう。そこでどうするかっていうと、野焼きをするわけです。簡単に言っちゃえば、火事の心配のないような広い所で燃やすってことです。

環境問題がクローズアップされる現在ですから、一般的なごみは焼却場でないと焼くことはできませんが、農地から出たような枝や枯れ葉や草なんかは許可されてるんです。事前に消防署に連絡を入れなくっちゃなりませんが、この日も朝から夕方まで、親父が昨年の秋からこの春にかけて剪定した、上の写真に写っている枝の50倍くらいの量を燃やし尽くしましたよ。

天気も良かったし、本当に暑くて暑くて、麹室にいるよりもよっぽど汗をかきましたね。この日だけで体重が2キロくらい減りましたよ(笑)。翌日の天気が悪くなるような予報だったもんだから無理してやりましたが、ありゃあ2日に分けるべき仕事でしたね。そんなこんなで、連休初日からバテバテのスタートと相成りました(汗)。


□□□ そこらじゅう火傷しました □□□
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GWの思い出(前夜祭)

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完全に今更っていう感じになっちゃいましたが、私にだってゴールデンウィークはあったんですよ(笑)。でも、連休中はネパールの記事を思い入れたっぷりに書くことになりましたから、私が何をやっていたかのご報告が全くできてませんでしたね。これといったことはあまりなかったんですけど、それでも思い出話に花を咲かせてみましょう・・・って、大袈裟かな(汗)。

ゴールデンウィーク中にお酒は全て搾り終わって、私達の業界用語で言うところの『皆造(かいぞう)』を迎えて、3日から6日までの4日間はほぼ休みが取れたんです。半年以上ぶりのお休みですから、しっかりと有意義に過ごさなくっちゃと思って、結構頑張りましたよ(笑)。まずは、その前夜祭に当たる2日の夜の居酒屋『越百(こすも)』でのお話し。

この日、飽きもせず駒ケ根詣でに勤しむ横浜の鶴チューS君が連れて来てくれたのが、今年結婚式を挙げられたとあるご夫婦でした。新婚ホヤホヤで羨ましい・・・なんてことが言いたいんじゃなくって、このお二人がなぜに駒ケ根までお越しになったかが重要なんです。その理由をひと言で言えば・・・『鶴チューだから』ってことになるでしょうか(笑)。

どうやら、S君とはネット仲間ってことのようで、S君の影響で鶴チューになっていただけたようなんですけど、ご夫妻の結婚に至る過程の中でも信濃鶴が重要な役割を果たしていたそうで、私としてもそんなお役に立てたのならこの上ない光栄なわけで、みんなで駒ケ根に泊まってくれるってことだったもんだから、越百での懇親会(?)に乱入させてもらったって次第。

既に鶴チューだった旦那さんに、初めて奥さんがプレゼントしたのが信濃鶴だったそうで、それに感激した旦那さんが俄然奥さんのことを気に入った・・・のかどうかは定かではありませんが、お二人の馴れ初めに鶴が一役買ったことは間違いなさそうです。そんなご縁もあって、結婚式にはわざわざ使っていただいたりしたんです。式場では、そのうちの相当量をS君が飲んだとか飲まないとか・・・(笑)。

飲み物としてばかりじゃなくって、料理にも鶴を使ってほしいっていうリクエストまでしてくれて、香りが高いお酒だからってことでデザートの材料にしてくれたんだそうです。ホテルの方に頼んで教えてもらったそのレシピを私ももらいましたから、今度女房に作ってもらうことにしますね。日本酒ゼリー的なものだったみたいですよ。

幸せの場に鶴が居合わせることができたのは、造り手とすればとてもうれしいことです。お二人にも、そのきっかけを作ってくれたS君にも感謝感謝です。どうせそのうち尻に敷かれるようになるなんて無粋なことは今は言いません(笑)。どうか末永く幸せなご家庭をお築きになって下さいねー!!!


□□□ 久し振りの手タレ写真ですねぇ □□□
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ネパール大地震(おまけ)

スイマセン、ネパールについては記事にしたいことが山ほどあるんですけど、どうしてもひとつだけ書き忘れたことがあって、今後今回の様な記事を書く機会があるかどうかも分かりませんから、悔いを残さないように書いておこうと思います。それは、シリーズの途中に出てきたHさんの取り組んでいたNPO活動についてです。

やっていたことは、村部での識字教室だったんです。対象は、女性や子供といった人達でしたね。自分の国の言葉が読み書きできない人口っていうのは、世界を眺めれば非常に大きな数になるんです。日本なんて世界で一番っていうくらいに識字率は高いですから、誰だって文字くらい読めるだろうなんて考えがちですが、特に女性は教育の機会に恵まれずに文字が読めなかったりするんですよね。

読み書きできなくてもしゃべることはできるんだから、普段の生活には困らないだろうなんてことはなくて、本も新聞も読めませんし、詐欺まがいの契約書にサインをさせられて、財産を巻き上げられるなんていう事件もあるんだなんて聞きました。文章が読めないから、とにかくサインしろなんて言われると、内容も分からずにサインをしてしまう人もいるんだそうです。

そんな女性のための識字教室を、青年海外協力隊員として2年間ネパールで活動をして、その後も地道に続けていたのがHさんだったんです。その教室に通うために、険しい山道を10キロも20キロも日の暮れた暗い山道を徒歩で女性達はやってくるんです。彼女達が持っている松明の光が遠くから点々と見えるところから『トカルパの光』と名付けられた活動でした。トカルパっていうのは、最初に識字教室が始まった村の名前です。

私達もヤムダナラ村でその活動を目の当たりにしましたが、女性も子供も本当に勉強がしたくて暗い道を歩いてくるんです。生き生きと勉強するその姿は、学校に行きたがらない日本の子供たちに見せてやりたいくらいでした。何人もが使い古したテキストとノートと鉛筆。日本円にしたらわずかの額ですが、金額の多寡よりもそういう場を作っているHさんの活動に感銘を受けましたね。

ネパールでは同様の活動をなさっているNPOや個人の方々も多いと思います。今回の地震ではそういう皆さんが被災したっていう情報は聞きませんが、今後もそれらの活動が今までと同じ様に続くように願っています。今は私達が助ける立場かもしれませんが、いつ助けてもらうことになるかもしれません。世界中が助け合えるように、平和な世の中にしていかなくっちゃならないと思ってるんですけどね。


□□□ 平和のためのワンクリック! □□□
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ネパール大地震(最終回)

大地震の話からかなり逸脱して、私がかつて行ったネパールの旅行記みたいになっちゃった感のある本シリーズですが、言いたかったのは被災したネパールの方々が心配だっていう一点であって、これを機に思い出話をしようなんて考えてたわけじゃありません。事の発端が地震なんかじゃなかったらもっと面白おかしく書けたかもしれませんけど、今回はこの辺にしておきましょう。

地震で崩れ去った建物をテレビで目にする度に、レンガ造りの建物の構造のもろさを感じてますけど、新しい建物も相当な被害を受けていて、今回の地震の揺れ方が特殊だったんじゃないかなんてニュースでは言ってましたね。世界の中でも、とても特殊な地盤の上の国だと思いますから、一般的な理屈が通らない部分もあったのかもしれません。

ただ、勝手に良い方向に考えれば、首都のカトマンズは別としても、ヤムダナラ村の様な村部にある様な民家はかなり簡単な構造ではありますから、大きな建物を建て直すのとは違って、復旧にはそれほどの時間はかからないかもしれません。壊れていなければ、レンガはそのまま再利用できるでしょうしね。生活がシンプルであるが故の、再建の早さを期待したいです。

人的な被害についてはどうしようもありませんが、自力で生きていく力みたいなものは私たち日本人よりもはるかに強いと思いますから、自給自足的なサイクルが崩れていないことを望むばかりです。とは言え、一刻も早く各国からの支援が被災地に行き届くことを願わざるを得ませんけどね。国家としての統制力も試される時でしょう。

私のネパール体験はもう相当に昔のことであって、記憶としてはかなり風化してしまってはいますが、ネパールという国をほとんど知らない大方の皆さんよりは、今回の地震をとっても身近に感じてるんだと思います。だからって何ができるわけでもないんですけど、これまで行ったどの観光地よりも私の心をとらえて離さないあの山奥の村々にも、マリーゴールドのような笑顔が戻るようにこれからも心を寄せていきたいと思っています。


□□□ GW中のネタはどーしようかな □□□
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ネパール大地震(その6)

首に掛けられた見事なマリーゴールドの首飾りで首がかぶれた中学生もいましたが、大歓迎を受けたその日から村の方の自宅に私達は分散して泊めて頂きました。食べ物に関してだけは、雑菌に極端に弱くなっている日本の子供に配慮して、皆で合同の食事を食べましたが、その他は全て村の人々との生活を2日間体験したんです。

私の仕事は、その全ての家庭を見回って、何か問題がないかどうか目を配ることでした。特別な立場っていうことで、私たち大人は、確か村長さんの離れみたいなしっかりとしたお宅に泊めて頂きましたが、ちょっと言い方は悪いものの、日本で言う竪穴式住居みたいな家に当たった中学生もいて、それはそれで一生に一度の体験ができたと思います。

2日間のホームステイを終えて帰途に就く時には、ネパールの様式で旅の無事を祈る意味を持った赤い印を、みんなの額に村の長老が付けてくれたんですけど、短い時間の共同生活だったにもかかわらず、中学生達はとても感銘を受けたようです。なぜお互いに涙が出るのか、物質的に豊かな国に暮らす私達が、豊かさを求める過程で切り捨ててしまった大切な何かを感じられる瞬間だったと思います。

その後、首都のカトマンズでも2日間のホームステイをさせて頂いたんですけど、そこではまた別のネパールの一面を体験することができて、中学生達もいろいろと考えさせられる発見があったようです。村部と都市部との生活の違い、ネパールと日本との生活の違い、そこに暮らす人と一緒にいることでしか感じられない貴重な体験は、若い中学生の一生の思い出になったはずです。

私はカトマンズでも見回り役でしたから、あまり人とのつながりは作れませんでしたが、中学生と一緒に市内の観光名所を案内してもらったりして、その時に今回の大地震で崩れてしまった歴史的建造物がある地区も連れて行ってもらいました。ですから、その建物群が崩れたレンガの山になっているのをニュースで見ると、いろんなことが思い出されるんですよね。


□□□ 私にとっても一生に一度の経験でした □□□
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ネパール大地震(その5)

ヤムダナラ村まで行くのは、かなり大変な道のりでした。詳しい位置は忘れちゃったんですけど、カトマンズからバスに数時間ゆられて、その後は歩いてしか辿り着くことができない山の上の村だったんです。相当ハードな上り坂だと、行く前から関係者には脅され続けてました。

実際に行ってみると、登山って言うほどの急坂ではなかったものの、とにかく山を登り続けて、これ以上続くと自分の体力もヤバいかなと思い始めた頃、休憩を入れて3時間から4時間くらいかかってようやく到着した記憶があります。こんな山の中に人里があるなんて、とても想像できそうもないような行程でしたね。

私達は相当に覚悟して、登山靴まではいかないにしても、トレッキングシューズみたいなのを用意して履いて行ったんですけど、山の麓まで迎えに来てくれたヤムダナラ村の子供達は、なんとペラペラのビーチサンダルみたいなのを履いていたんですよね。最初にそれを見た時には何とも肩透かしを食らったような気になったものの、山を登り始めて、それで良かったと思い直したものです。現地の子供達は、なんとも身軽でした。

少し不安な材料とすると、ネパールの山岳地帯には国境を越えて中国側から、俗に言う山賊が出没するらしくて、万が一のことがないように、ネパール側の配慮で銃を持った警備員を数名付けてくれてありました。ちょっと物々しかったんですけど、現地の子供達もいましたし、それほど緊迫した状況じゃありませんでしたけどね。

村中のマリーゴールドを使って私達のために作ってくれた首飾りを村の入り口で首にかけてもらって、私達は村の広場で行われたセレモニーで大歓迎を受けました。びっしりと隙間なく作り込まれた山腹の段々畑を抜けて、ようやくたどり着いたヤムダナラ村は、山間にぽっかりと現れた陽だまりのような村でした。


□□□ いつまでネパールシリーズが続くのかな □□□
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ネパール大地震(その4)

ネパールの大地震の話題から、私の過去のネパール行きの思い出話にブログの内容がすり変わっちゃっていて、被災した皆さんにはなんだか申し訳ない思いですが、ここまで書いちゃいましたから、ネパールの復旧活動に思いを馳せながらシリーズ物として続けてしまいましょう。私の体験談が、少しでもネパールを身近に感じてもらえる助けになるのなら幸いです。

で、私がネパールに行ったのは、観光のためでもなく、駒ヶ根市とポカラ市との友好都市の調印式のためでもなく、中学生の引率のためだったっていうところからの続きです。ネパールっていう国に行くこともあまり普通の人ではやらないことですし、中学生のお供で海外旅行をするってこともかなりレアなケースじゃないですかね。

とにかく中学生がメインの派遣事業ですから、彼らにいかに素晴らしい体験をさせてあげられるかが一番の目的でした。それは、観光でもなく、美食でもなく、調査でもなく、人と人とのつながりという一点に集約されていたといっても過言ではないでしょう。世界で最も発展し、最も平和で、最も豊かな国に育った中学生が、世界の最貧国のひとつに数えられる国の人達と触れあって何を得られるんでしょうか。

ネパールの中でも更に貧しいヤムダナラ村と首都カトマンズで中学生達はホームステイをして数日間を過ごしたんです。特に、ヤムダナラ村は電気がまともに来ている家すら少なく、中学生の受け入れのために初めて電気を引いてくれた家もあったほどでした。それでも、良くしたもので、その環境に不満を口にする子供は一人も出ないんですよね。彼らは、日本では得られない、何か素晴らしいものを必ず発見するんです。

カッコよく言っちゃえば、物の豊かさではなく心の豊かさとは何かってことでしょうか。お金なんてなくても、ゲームなんてなくても、お腹一杯の食事ができなくても、目を輝かせて駆け寄ってくる子供達と、世界の経済とは縁遠く朴訥に生きている大人達との中に放り込まれれば、自分達がいかに世界の端っこにいるのかが否が応にも実感できるはずなんですよね。


□□□ やっぱりGW中はアクセス少ないですねぇ □□□
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ネパール大地震(つづきのつづき)

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昨日のブログでポカラ市の話が出てきましたが、実は、私はポカラ市へは行ったことがありません。その辺の経緯を話すと長くなるんですけど、私は中学生達と一緒に首都カトマンズと、そこから少し離れたヤムダナラ村っていう2カ所に行くことができて、普通の日本人じゃまず近寄ることすらできない、ネパールの山奥の最貧地区での生活を体験してきたんです。今から十数年も前の話ですけどね。

かいつまんで言えば、先日も記事にしたJICAの青年海外協力隊の訓練所が駒ケ根にある縁で、協力隊員としてネパールで2年間活動を行って、帰国後もネパールで女性のための識字教室を続けていたHさんを駒ケ根青年会議所という団体で支援していたんです。私はその青年会議所の会員で、地域の国際化運動みたいなことを中心に行っていたもんだから、駒ケ根市が行っていた中学生のネパール派遣事業のお手伝いをすることになったっていうわけです。

当時、駒ケ根市では中学生をネパールに行かせて、そのHさんが行っている識字教室を実際に見学するっていう派遣事業を毎年行っていて、他のどんな海外留学よりも特別な体験ができるっていうことで注目を集めていました。十数名を引き連れて行きましたから、付き添いの大人もそれなりの人数が必要だったんですよね。

そして、そういったネパールとのつながりがあったこともあって、駒ケ根市とポカラ市は友好都市の締結を結ぶことになっていて、私が中学生とネパールに行った年には、駒ケ根市長ご一行様もネパールに赴いて調印が取り交わされたんです。駒ケ根市民を含めて結構大人数の派遣団で、中学生の派遣事業に合わせてネパールに一緒に行ったんですよね。

最初私は、市長ご一行と行動するグループに配属されそうになったんですが、あえてろくなホテルに泊まることもできない中学生グループを志願しました。せっかく、日本とは異なった文化、生活、自然のある国に行くのに、偉い人達と一緒にいいホテルに泊まっても面白くはありません。中学生と一緒に、山奥の村でホームステイをする方が何百倍も魅力的に私には思えたんですよね。


□□□ なんだか話の向きがズレてきてますが(汗) □□□
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ネパール大地震(つづき)

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今回の地震の震源地を私はよく分かってません。いずれにしても険しい山の中っていう場所でしょうけど、カトマンズの北西77キロってニュースされてました。私達駒ケ根市が友好都市として長く交流を続けているのがポカラ市っていう、駒ケ根と環境の似た山岳観光都市なんですけど、どうやらこの震源地はカトマンズとポカラの中間みたいな位置らしいんですよね。

グーグルマップで見てみると、ポカラはカトマンズの北西120キロくらいじゃないかと思われますから、距離的に見てもカトマンズと同じくらいは揺れただろうと推測されるわけで、ニュースに映し出されるカトマンズ市内と同じ様な混乱状態になっていると想像されます。犠牲になった市民もそれなりの数に上るかもしれません。

駒ケ根市では今回の地震に対する義捐金の募金を始めてますし、ニュースを聞いて初めて知ったんですけど、長野県の松本市はカトマンズと友好都市になっているみたいで、松本市でも募金運動が行われているようです。日本のヒマラヤと呼ばれることもある長野県ですから、ネパールとの地理的な共通点も多くて、友好都市の締結につながっているんでしょう。

私がカトマンズに行った時にはそういう目で眺めてはいませんでしたが、建物はレンガ造りが多そうですね。耐震補強とかいうこともそうは考えられていないかもしれませんし、映像を見る限り、建物が倒れたって言うよりも崩れたレンガの山があるっていうような被災地の状況ですね。ああいうのの下敷きになると、生きているのも難しいかもしれません。

ポカラの関係者と連絡を取ろうにも、インフラはめちゃくちゃみたいですし、正確な情報収集はまだできないんでしょう。あの時お世話になった皆さんがどうなっているのか気が気ではありませんが、ただご無事を祈るだけです。エベレストの雪崩で日本人がひとり犠牲になってしまったようですけど、国際協力事業に携わる日本人の皆さんの安否も気がかりなところです。


□□□ GWでもあまりアクセスは少なくなりませんね □□□
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ネパール大地震

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ネパールで大地震が起きて、大勢の犠牲者が出ているようですね。あまりに遠くにある国の災害に対しては、なかなか実感がわかないのが実際のところではありますが、その国のことを多少なりとも知っているとか、その国に友人がいるとか、その国に行ったことがあるってことになってくると、俄然無関心ではいられなくなるのは当然のことでしょう。

私はネパールには相当な思い入れがあって、かつてはネパールに対する支援事業を行い、地元の中学生と共に現地まで赴いたこともあるんです。観光では決して入り込めないような開発途上の地方村落まで行って、実際に現地の方々と交流をしてきたこともあって、今回の大地震のニュースには心を痛めているんですけどね。

駒ケ根市には、他にはないとっても珍しい施設があるんです。それは、JICA(ジャイカ:国際協力機構)の青年海外協力隊の訓練所なんですけど、日本に2つしかない訓練所がこんな田舎の山の中にあって、それゆえに、駒ケ根市では発展途上国と呼ばれる国々に対する関心度はある程度高いと言えると思います。

年に1度は『国際広場』といった地域の国際化運動を行ってますし、中学生を対象とした訓練所への体験入隊や、実際に現地で活動を行って帰国した担任の帰国報告会等も開催されていて、駒ケ根で育った子供達は、もしかしたら他地域の子供達よりも発展途上国に対する理解度が深いかもしれません。

そんな活動をしばらくやっていたこともあって、私もこれまでにいろいろな体験をさせてもらってきました。中でも、特に印象深いのが、中学生と行ったネパールだったんですよね。ここ数日のニュースで映し出される、首都カトマンズの中心街のがれきの山も行ったことのある街角だったりして切ない思いをしています・・・書きたいことはいくらでもありますが、ゴールデンウィークでもありますから、短めにシリーズものでいきましょうかね。


□□□ いろいろ思い出します □□□
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