専務取締役杜氏の純米酒ブログ

期せずして杜氏になっちまった造り酒屋後継ぎの純米蔵奮闘記

麗嶺庵

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ずーっと前から気になっていた蕎麦屋が一軒。名前は『麗嶺庵(れいれいあん)』。お隣の飯島町の千人塚公園の入り口辺りにあることは知ってました。しかし、そのお店、私とはよっぽど相性が悪いらしくて、これまで2回訪れて、2回ともお休みだったっていういわく因縁の一軒。

駒ヶ根の名店『丸富』の蕎麦会でよくお会いする太野祺郎(たのよしろう)さんに、一回行ってみるようにって言われてたんですよね。太野さんは、蕎麦とか蕎麦屋の食べ歩きに関する著書が多数おありになりますから、ご存知の読者もおられるかもしれません。その太野さんが、美味しいから食べてみろって薦めてたんです。

初めて行った時に驚いたのは、この麗嶺庵、金・土・日曜日しか営業してないって書いてあったんです(汗)。その日は会社がお休みの月曜日だったんですが、週休4日の蕎麦屋があるっていうことにビックリしたもんです。ちょっと因業なオヤジで、ちょっとお高くとまった店なんじゃないかと思ったもんでした。

2度目に訪れた時には、営業しているはずの日を選んで行ったにもかかわらず、何と臨時休業の張り紙が・・・(涙)。「こりゃ、この店には来るなっていうことかいな」状態になった私は、いつしかその存在を忘れかけてました。ところが、昨年秋の丸富の蕎麦会に参加した時に、その麗嶺庵のオヤジっていう人が目の前に座っていたんですよね、これが。

そのオヤジさんの見てくれは、全くのサラリーマン風情だったんです。中身も完全な脱サラ組みだそうです。語り口は柔らかいし、怖い顔つきなわけでもなく、私のイメージからはかけ離れてましたね。しかし、これを機会とばかりに、私は自分の苦節をお話して、「週休4日で気まぐれ不定休の多いふざけた蕎麦屋とはこれいかに!」って問い詰めたんです。その風貌から、きっと本当はそんな蕎麦屋さんなんじゃないんだろうと思いながらね。

ところが、麗嶺庵はその言葉通りの蕎麦屋だったんです(笑笑笑)。週休4日どころじゃなくって、冬の半年間くらいは営業しないそうですし、しょっちゅう臨時休業があるのも事実だそうです(汗)。でも、それは怠慢だとかお高くとまってるっていうわけじゃなくって、ちゃんとした理由があったんです。

オヤジさんは、蕎麦を打つ日は朝2時に起きて、玄蕎麦の選別から始めるんだそうです。それを、一部は石臼を使って手で挽いて蕎麦粉を準備します。それから蕎麦を打って、準備をしてっていうことやろうとすると、時間もかかるしとっても疲れるそうなんですよね。そんなことは毎日やってられないからっていうんで、週末だけの営業になっているそうです。要するに、相当なこだわりの打ち手だっていうことが分かったんです。

一体どんな蕎麦を出すのか興味津々になった私は、春になって蔵が開けたらお邪魔する旨を伝えて、先日、臨時休業じゃないことを電話で確認してから出かけてきたんです(笑)。1日6枚しか作れない手挽きの蕎麦と、機械挽きの蕎麦を食べさせてくれましたが、両方ともとても美味しくて満足満足でした。私的には、手挽きのごつごつした蕎麦の方が味があって好みでしたね。

ふとメニューを見ると、蕎麦前が信濃鶴になってるじゃないですか。あの時、丸富さんで飲んだ信濃鶴をとても気に入ってくれた様子だったんですが、あれ以来全て鶴に変えてくれたそうで、私もうれしかったですね。読者の皆さんも、機会があったら麗嶺庵にお立ち寄りくださいね。その際には、必ず事前に電話(0265-86-6456)を忘れないようにね(笑)。


□□□ 伊那谷には美味しい蕎麦屋がたくさんあってうれしいです □□□
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開山式

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このブログは、久し振りのライブ記事で書いています。実際にアップされるのは数日後になりますから、ライブっていうのはチト嘘臭いんですけど、現場で書いたっていう意味でのライブだとご理解下さいね(笑)。今、私は中央アルプスの頂に近い、標高2600メートルのロープウェイの駅にいるんですよ。

今日は、中央アルプスの開山式があって、長生社として参加しているんです。地元の観光産業への協力業者っていう位置付けですね。毎年社長が参加してるんですけど、今年は、例によって押し付けられました(汗)。私が参加しても、知った顔ぶれが多いですから、それほど問題はないんですけどね。

駒ヶ根市の観光資源の目玉が、この中央アルプスロープウェイです。震災後の自粛ムードの影響が心配される中で、この夏の観光シーズンに向けて、市としてもひとつの重要な儀式ではありますね。ちゃんとした神事も執り行われますから、ちゃんとした宮司の、ブロ友isuzuさんがスタンバってました(笑)。

駅前からバスに乗って、そこから標高差にして1000メートルくらい高いロープウェイの下の駅まで行きます。そこからロープウェイに乗って、更に1000メートルくらい高い上の駅まで行くんです。全工程で1時間少々かかるでしょうか。この期間は1時間に1本しかバスがないもんだから、かなり早めに着いて時間を持て余しちゃって、仕方なくブログを書き始めたような次第です(汗)。

写真でもお分かりのように、今日の天候はとても悪くて、いつもなら外で行われる開山式も、急遽室内の食堂でっていうことになりました。それなりの人数の参加者ですから、結構ギュウギュウ詰めの式になりましたね(汗)。私は窓際に座ってたんですけど、吹雪がガラスに打ち付けられて、ピシピシと音が鳴り続けてましたよ。

聞き慣れたisuzuさんの声で祝詞が捧げられて、アルプホルン演奏のアトラクションがあって、割と短時間で今日の開山式は終了です。外に出て景色を眺めることもできませんでしたから、まだまだ雪深い千畳敷カールの様子も見てみたかったんですけど、すぐさま天上から地上へ戻るべくロープウェイに乗り込みました。一緒に乗り込んできたisuzuさんの和装が、とても寒そうに見えて可哀想(笑)。

それにしても、このロープウェイは、こんな横殴りの雪が舞うような日にも運転してるんだからスゲーよなぁ。基本的に年中無休ですが、さすがに今日みたいに風が強いような日には、乗員定数を半分(30人)にして運航してましたね。途中の傾斜が急な場所では、雪がゴンドラに接触しないように、そこまで作業員が下山してきて、吹雪の中を雪かきしてましたよ。本当にご苦労様なことです。

しかし、そういう努力のおかげもあって、真冬だって軽装で標高2600メートルの中央アルプス山頂近くまで行けちゃうんですから、ぜひとも全国の皆さんに駒ヶ根まで遊びに来ていただきたいですね。開山式も無事終わりましたから、きっと事故のない安全な観光シーズンが迎えられるはずです。そして、駒ヶ根に来たらお土産は信濃鶴っていうことでよろしくお願いしますね(笑)。


□□□ ヒマがあったらブログを書くんです □□□
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御接待

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中学3年生になった娘が、長い間待ちに待った修学旅行がありました。奈良と京都に2泊3日の思い出に残る旅だったようです。私が家に帰っても見向きもしないような日さえあるのに、帰ってきたら、まるで機関銃のようにあったことをまくし立ててくれました(笑)。ちょっとだけ大人になって帰ってきたような気がした愛娘・・・。

しかし、今日の話題は娘のことじゃぁありまへん。子供が一人しかいない岳志家とすると、この時のふた晩は夫婦水入らずっていう状態になったわけなんですよね(恐恐恐)。そのうちのひと晩は別の用事で潰れちゃいましたけど、残るひと晩は、私としてもとにかく女房を怒らせない方向で細心の注意を払って、彼女の言うことを聞いておこうと思っておりました。なぜなら、もし戦闘態勢になったら、娘に注意がいかない分、私は徹底的にやられちまいますからね(涙)。

そして、この度の女房殿の御命令は、「『銀座酒倶楽部』に連れて行け!」っていうものでございました。この銀座酒倶楽部は、文字通り駒ケ根市街の銀座通りにある、バーでもあり居酒屋でもありっていう感じのオシャレな飲み屋さんです。私とすると、マスターのFさんには長い間お世話になっていますし、越百やArikaと並んで、最もお気に入りのお店のうちのひとつなんです。

私の場合、何度もこのブログでも主張させていただいておりますが、外でお酒を飲むっていうことは、これすなわち営業なわけでして、この崇高なる任務に多大なる責任感を持つ専務取締役として、その遂行に命をかけておるわけでございます(笑)。ところが、女房殿とすると「私ばかりが置いていかれて、亭主は好き勝手に飲んでいる」という大いなる大いなる大いなる誤解をしておるわけです(汗)。

まぁ、考えてみると、中学生以下の子供を持つ主婦なんて、子供の世話も忙しいし、夜子供をほっておいて飲みに出られる機会なんて滅多にないでしょうね。御主人が、子供の面倒をよく見るイクメンタイプだったらいいんでしょうが、私の場合には、半年は蔵にこもってるんだし、ホレ、飲むことは仕事だから、夜は家にいないことの方が多いんですよねぇ・・・。

越百やArikaは何度も行ったことのある女房ですが、あのちょっとオシャレそうな銀座酒倶楽部にいつか行ってみたいと、虎視眈々と狙っていたようです。それが実行に移せるのは、娘が家にいない夜しかありません。大手を振って外へ飲みに出られる日を、娘の修学旅行と同じ気持ちで待ち焦がれていたわけです(笑)。

けどね、本当はそんなことしてちゃいけないんですよ。修学旅行期間中は、親は不測の事態に備えて大人しく待機していてくださいって学校からは言われてるみたいなんですよね(汗)。もしかしたら、娘を京都まで迎えに行くなんていう状況だって出てくるかもしれませんからね。夫婦二人して飲んだくれてるなんて、本来は『以ての外』な所業なんです(笑)。

何も起きなかったから良かったようなものの、この日の女房の頭の中では、娘のことよりも銀座酒倶楽部のことの方が大きな位置を占めていたことは確かです(笑)。いつものように、マスターがテーブルに勝手にどんどんと日本酒のビンを並べて、私が気に入ったものを飲むっていうスタイルで、二人して酔い酔いになるまで飲みましたね。そして、その後はArika・・・その後はラーメン・・・だったっけな(汗)。


□□□ 娘には言ってません(笑) □□□
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ビン詰め機

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ついに掲載写真が桜じゃなくなっちゃいましたね(笑)。もう、駒ヶ根の平地では桜は散ってますよ。満開直後から気温が下がったので、少しは長持ちしたのかもしれませんが、潔い散り際もそれはそれで桜の魅力ですよね。駒ヶ根高原はきっとこれからが見頃になるんじゃないですかね。

桜の変わりのこの写真。以前にも載せたことがあったかもしれませんが、こいつはふっるーいタイプのビン詰め機なんです。私が会社に入った時には既に、こんな感じの使い込んだ風情でしたから40~50年くらい前の代物じゃないかな。酒造業界は歴史が古いから、こんな骨董品クラスの機械がまだたくさん使われているんですよ(汗)。

しかし、普段のビン詰め作業にはこんなのは使いません。いくらなんでも効率が悪いからです。写真の奥の方に写っているのがメインの機械で、通常はそちらを使ってるんです。詳しく計測したことはありませんが、1時間に1000本以上は詰められるはずです。って言っても、そっちの機械だってそーとーにロートルなんですけどね(笑)。

これは、先日、鶴の無濾過生原酒を詰めた時の写真なんです。つまり、無濾過生原酒の一升ビンを詰める時だけこの機械が登場するんです。その他の時には、全て後ろにあるメインのビン詰め機を使っています。そんじゃ、どーして無濾過生原酒の時だけこの機械を使うんでしょうか。皆さんお分かりですか?

「答えは、また明日!」とかなんとか言ってこの辺で記事を切り上げちゃえば、このブログもこんなに長くはならないのかもしれませんが、何かひとまとまりのことを書こうとすると毎日のこの長さになっちゃうこの習性は、もう簡単には治らないでしょうねぇ(汗)。それに付き合ってくれる読者のみなさんも、よくこんなの読んでくれるよなぁ・・・(笑)。

閑話休題。こいつの答えは結構難しいんですよ。それは、ビン詰め後のお酒の液面の高さに関係あるんです。ビン詰めするっていっても、ビンからあふれるまでお酒を入れるわけじゃありませんよね。ある程度の空寸をとっておかなくっちゃなりません。普段のビン詰めの際には、加熱殺菌された熱々のお酒を入れますから、そのお酒が常温まで冷えた時にちょうど一升っていう量になるように詰めるんです。つまり、熱酒を一升より少し多めに入れるっていうことです。

ところが、冷酒を詰めるっていうことになると、最初から一升ちょうどの量を入れなくっちゃなりません。後ろに鎮座しているメインの機械は、実は冷酒を詰めるっていう状況を考慮して造られてないんですよね(汗)。現在のように、生酒での流通なんて考えていない時代の機械だっていうことです。ですから、そっちで詰めると、いくら調節してもかなり余計な容量になっちゃうわけです。

そんなわけで、生酒の一升ビンの詰めの時だけにこの超ロートルマシンの登場になるんですよね。こっちだったら、もっとフレキシブルに容量の調整ができるんです。結局、オートよりマニュアルの方が、手間がかかる分自由度は高いっていう結論なんですね。電動式じゃないし、ビンの付け外しに手間がかかるんだけど、手放せない理由はそこにあるんです。

でも、この超ロートルマシン、結構良くできてるんですよ。真ん中のステンレスの容器の中にたまったお酒を、サイフォンの原理でビンの中に流し込むようになってるんです。一杯になったら自動的に流れは止まるし、新しいビンに差し替えてもすぐにサイフォンの流れが再開するような構造になっています。ローテクではあるんだけど、感心することしきりです。


□□□ このブログもローテクっぽい? □□□
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桜だより

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ついについについに、私も丸ごと一日の休日をもらえる日がやってきました。ウレシー!!!昨年の10月末から蔵に入って、3月の中頃に連日の泊まり込みはなくなっていましたが、休日っていうのはとれてなかったんですよね。丸ごと自分で使っていいって言われても、今の私には、文字通り時間を持て余す感じです(笑)。

とても天気のいい日曜日で、こりゃどこかへ出かけるしかありません。この伊那谷も里の桜は散っちゃいましたから、お花見をするんなら山沿いの標高の高い場所に行かなくっちゃならないでしょう。お花見と絡めて、何か美味しいものでも食べたいし。でも、娘は部活で出かけてしまったので、遠くへは行けなし・・・。

と、以前からとっても気になっていた蕎麦屋が一軒。そのお店については稿を改めるとして、そこを目標として出発して、何ヶ所かの桜を愛でて来ましたから、今日は現在の駒ヶ根近郊の桜の様子を写真ブログでご紹介しましょう。高原の桜は思ったより遅くて、どこも今週の中盤あたりが見頃なんじゃないですかね。

まずは、駒ヶ根市のお隣の飯島町にある千人塚公園の桜です(1~3枚目)。ここは、来るにはちょっとばっかし早かったですね(汗)。私も、以前何回かここでお花見をしたことがあったんですけど、盛りになればこの倍くらいの花の量になると思います。でも、花と池と山がきれいなコントラストを見せてくれましたよ。

お次は、これも飯島町の与太切公園(4~5枚目)。ここは、ほぼ満開っていう感じでとても良かったですね。中にキャンプ場もあるんですけど、チト寒くて宴会っていう雰囲気じゃなかったかな。でも、駐車場には車がたくさん並んでましたから、お花見をしている人は大勢いたんじゃないですかね。風が強く吹くと、桜吹雪が見事でした。

その次に向かったのが、駒ヶ根高原の光前寺でした(6~10枚目)。ここも七分咲きくらいだったかなぁ。見頃は20日くらいだって聞いてたんですけど、ここのところの冷え込みで、開花がゆっくりになってるのかもしれませんね。普通(?)の桜は咲いてるんですけど、名物のしだれ桜はまだまだでした。ライトアップの期間も延ばしたりするかもしれません。

オマケになりますが、11枚目はご存知の長生社の入口の桜、最後は我が家にある唯一の桜です。さて、写真のアップに時間がかかりますから、今日の記事は短めにしておきましょう(笑)。伊那谷は、もうちょっと桜が楽しめそうです。自粛ムード蔓延で例年より混雑は少なさそうですから、連休前に時間のとれる皆さんは、ぜひ遊びにお越し下さいね!


□□□ まだまだ風が冷たい伊那谷です □□□
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四度目の正直

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まっさかなぁ・・・まさか、まさか、まさか今週も駒ヶ根に来るんじゃないよなぁ・・・人生には3つの坂がある、『上り坂』、『下り坂』、『まさか』(笑笑笑)。3週間連続で駒ヶ根の越百まで信濃鶴を飲みに来ている横浜の鶴チューS君夫妻ですが、さすがに立て続けに4週間は来るこたぁないだろうと、関係する誰もが思っていたはずです。

そんな私の無警戒な心の虚を突いて、土曜日のお昼過ぎに彼からの不気味な無言メールが・・・(汗)。無言電話じゃありませんよ。無言メールです。いったいどんなものだかお分かりにならないでしょう。そうでしょうとも、そうでしょうとも。私だって、こんなものもらうまでは思いも及ばなかったオゾマしさ。ただ『・・・・・・』とだけ打ってあるんです(笑笑笑)。

なんだ、こりゃ???また、今週末も夜中の時間を空けておけっていう脅迫状じゃぁないわいなぁ(汗)。今日は女房が所用で出かけちゃって帰ってくるのは遅いみたいだし、迎えにも行かなくっちゃならないし、その間娘の面倒は見なくっちゃならないし、自由な時間はそれほどないんだけど・・・ま、来るならどうせ夜中だからいいってことかなぁ(涙)。

ふと見ると、えっちゃんまで、私のブログに「今週も侯爵(S君のこと)は来駒するんでしょうか」みたいなコメントを入れてるし、既に彼が来るか来ないかは駒ヶ根の耳目を集めるところになっているのかも・・・って、そんなこたぁないか(笑)。それでも心配になって、寝た子を起こしてしまうかもしれないという危険を冒しながらメールで探りを入れてみても、今度は音沙汰なし・・・。

もしも彼らが来駒したら、また朝の5時まで一緒に飲むことを覚悟しなくっちゃなりません(汗)。私としたら、超厳戒態勢になるわけです。できれば少しでも仮眠しておいた方が体が楽だとか、どうやって出かけたらいいかとか、飲むだけのお金を持ってるかとか、さまざまなことが頭をよぎります。そんなことだったら付き合わなきゃいいじゃないかと思われるかもしれませんが、そうしないところが私のいいところです(笑)。

こうなったら、あとはこちらで情報収集するのみです。彼らは遠出をする時には必ずニコ動生放送をやってきますし、車の現在位置を地図上で確認できるサービスを利用できますから、それらのサイトを注意深く観察します。夕方からちょくちょくのぞきにいっても、どうやら動き出している様子はありませんが、夜の7時ごろに横浜を出発することだってあるんですから油断はできません。

なにせ、横浜・駒ヶ根間の距離をものともしないS君ですから、一旦行くと決めたら躊躇はないはずです。お供が誰もいなくても、一人で平気でやってきます。まぁ、交通事故にさえ気を付けてくれれば、あとはいつ駒ヶ根まで来てもらっても結構なんですけどね。私も、眠くなったらカウンターで寝ればいいだけのことですから、いつ彼らが来てくれたって楽しく飲むだけだし・・・。

・・・で・・・結局・・・S君は・・・駒ヶ根に・・・来なかったんだな、これが(笑笑笑)。見えざる影に怯えてオロオロしていた私は一体何だったんでしょうか(涙)。うーん、ホッとしたような、肩透かしを食らったような(汗)。駒ヶ根に、来ても、来なくてもブログネタになる鶴チューS君のお話でした。チャンチャン!


□□□ いつまで続く?桜の写真 □□□
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PTA役員

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これまでは、やらずに済んでたんですよPTAの役員・・・避けてたっていうわけでもないんですけど、ラッキーにもっていうことだったのかもしれません。まぁ、こんな働き方ですから、半年間は対外的なことは全くできないわけで、そんなヤツが役員になっても使えないっちゃぁ使えないんですけどね(汗)。

娘が中学3年になるにあたって、毎年の役員改選があったわけですが、誰がどうこうと言ってもなかなかなり手もいないっていうことで、最初から推薦者を保護者名簿に丸を付けて提出するっていう投票方式が、娘の中学校ではとられているようです。合理的って言えば合理的で、手間もかからずに済むんでしょうね。

ところが、その方法にも問題があって、親御さんのことについては知らない人の方が多いわけですから、誰に丸を付けていいかもよく分からない。っていうことになると、やおら名簿の前の人に当てずっぽう的に丸を付けちゃうっていう状況が多いんだそうです(笑)。すると、名簿の先頭の方から役員に当選していくっていうことになっちゃいますよね。

それじゃ、名前が『あ』行から始まる人ばかりが順番に役員になっちゃって可哀想だっていうんで、その推薦名簿自体にどういう順番で親の名前を載せるかを子供たちがクジ引きをするっていう、結局はクジ引きで決まるんかぁって思わないでもない二段構えの方法で投票が行われるんですが・・・その名簿の一番先頭っていうクジをうちの娘は引いてきたんですよね、これが・・・(涙)。

その時点で役員確定だと思っていましたが、案の定、役員になりました(笑)。どっちにしても、上の方の役員なんかはとてもできませんから下っ端にしていただいたんですけど、それでも、せっかくそういう流れに乗ったんですから、私ができることは一生懸命にやらせてもらおうと思ってるんです。娘のためにっていう気持ちも込めてね。

先日、その役員会があっていろいろ動き始めたんですが、私の部会はPTA会報の発行と講演会の開催っていうのが主な任務だそうです。ある程度の予算も組まれているようですし、思ったよりもPTAってキッチリとした独立組織として運営されてるんですね。ちょっとばっかし驚きでした・・・それだけ今までノータッチだったっていうことなんですけど・・・(汗)。

私の役員としての命は遅くても10月末までです。11月には蔵の泊まり込みが始まっちゃいますからね。それまでに、できるだけの仕事を引き受けて、1年分として認めてもらわなくっちゃなりません。今月末にある授業参観にも、生まれて初めて(?)出てみるつもりなんですよ。そんなこんなで、ちょっとワクワクしている岳志だったりします(笑)。

これまでも、ちょくちょく中学校へは行く機会がありましたが、あらためて入ってみると、机の小ささとか教室の狭さを感じて、何も分かっちゃいなかったあの頃の可愛い私が思い出されるようでした(笑)。写真は、夕暮れの校庭の周りに咲く満開の桜ですが、私の頃にはこんなに桜なんて植わってなかったんですけどねぇ・・・。


□□□ 最近、桜の写真ばっかし(笑) □□□
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震災トピック(つづき)

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さてさて、昨日のまとまらない話の、まとまらない続きですが・・・更に消費者レベルでの話とすると、自粛ムードがまだまだ強くて、外で飲むっていうことがなかなかしてもらえない状況のようです。特に原発にも近い福島市は、夜なんか人も歩いていないし、お酒の売り上げはさっぱりなようです。山形市の有名地酒を揃える酒販店さんも、仙台方面からのお客さんが全く来なくなって苦労なさっておられるとか。

最近、都会では、東北のお酒を飲んで応援しようっていうんで、東北酒の注目度は高いようですが、全体とするとやっぱり飲み屋さんへの客足は遠のいているっていうことでした。特に、高級なお店は企業業績の先行き不安感も手伝って、客入りは激減のままだそうです。会社の経費で飲むっていうシチュエーションがなくなってるんでしょうね。

少しばかり行き過ぎた自粛が消費の委縮につながっているのは、何も被災地や都会ばかりじゃありません。ここ長野県でも、年度始めでお花見シーズンっていうこの時期としては、お酒の出荷はとっても苦しい状況だと思います。長生社も3月の数字も悪かったですが、この4月にどんな結果が出るのか、今から怖いくらいです。

面白いことに、県内でスーパーを展開する会社の方とお話しすると、震災直後の物資不足の時にはわざわざ都会から長野県まで買い出しに来るお客さんがいて、かえって客単価は上がったなんておっしゃってましたね。生活物資はよく売れるそうですが、その代わりお酒やお刺身などのハレの商材はイマイチ動かないそうですけどね。

この会社は、県内にいくつも店舗をお持ちで、東京から近い軽井沢や佐久方面のお店にそんなお客さんが来店なさったそうです。東京の交通事情は混乱しましたけど、そこから西方面は高速道路、鉄道共に健全な状態だったっていうのも大きな理由でしょう。中央道や上信越自動車道を使って、水やトイレットペーパーや乾電池を買いに来た人も多いってことですね。

お酒とは関係ないんですけど、ニュースでも流れていてチト気になったのが、放射能が移るっていうような思い込みによるサービス拒否の話です。これは、ある酒販店さんが身近で起こったこととして話してくれたんですが、福島ナンバーの車で行くとガソリンを給油してくれないとか、ラーメン店に入れてもらえなかったとか、原発周辺の住所を書いたらホテルへ泊まれなかったなんていう話です。

放射能を怖がる気持ちも分かりますが、原発事故の現場で働いている人ですら放射線量の管理はされているわけですし、ニュースでも人から放射能が移るなんていうことはないって解説してましたから、ぜひとも被災地の皆さんには思いやりを持って接したいですね。そんなこと言い始めたら、東北のお酒だって飲めないってことになりかねません。

もうひとつビックリした話は、東京に住む私の知り合いが、この震災のせいで少しばかり気持ちを病んでしまったっていうことでした。地震当日の都内の混乱から始まって、あの恐ろしい津波の映像を見続けてしまったことで、いつもと違う精神状態が長く続いてしまったんでしょう。短期間ですが入院して、今では快方に向かっているそうです。それにしても、今回の震災の与える影響はどこまでも広いと思わせられちゃいましたね。

地震、津波、余震、原発事故、風評被害、復興長期化と、千年に一度の大震災は未だに収束の風向きを私たちに感じさせてはくれません。それでも、私がお話しした現地のお酒関係の皆さんは、みんな前向きでしたよ。ましてや、私たちがその足を引っ張るようなことをしてはなりません。この大地震が今の日本にとって、何かのきっかけになることは間違いないでしょう。全てがいいきっかけになるように努力しなくっちゃなりませんよね。


□□□ 写真は伊那市の春日公園の桜 □□□
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震災トピック

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いまだに、日々流れるニュースの大部分は、震災かそれに伴う原発事故の話題が大部分の日本列島ですが、少しは平静を取り戻してきた感がありますかね。まぁ、元の状態に収まりつつあるっていうよりも、この異常事態が定常化して、波風が立たなくなってきただけっていう表現の方が正しいかもしれませんけどね。

これまでに、お酒関係の話がいろいろと私の耳にも入ってきています。そのひとつひとつの内容じゃ記事にはなりませんが、トピック集ということで皆さんにもお伝えしようと思います。このブログにも、気にかけていた酒販店さんの情報を読んでうれしかったっていうようなコメントもいただいてますし、ささいな豆情報でも意味があるかもしれませんからね。

東北地方の酒造メーカーさんで、壊滅的な被害を受けたのは10蔵だそうです。蔵もタンクも商品もほとんど残っていないっていうレベルなんだと思います。陸前高田で建物が津波に押しつぶされていく様子が何度もテレビに映し出されたお蔵さんがありましたが、かのお蔵さんでは、従業員の死者行方不明者が7名だとか。同業社のご不幸だけに、私も身につまされますね。

もっと海沿いにあった会社もあったわけで、私が東京の酒販店さんの試飲会でご一緒させていただいたとある蔵元は、海が目の前っていうような立地だったために、それこそ全てが灰燼に帰したような状態のようです。幸いにして、皆さん命はご無事で、既に会社再建に向けて奔走なさっておられるとか。彼との再会が今から楽しみです。

それほど大きな被害ではないにしても、地震によって蔵の中のタンクが転んで中のお酒が流出したり、倉庫に積んであったビンの山が崩れて相当数の商品が割れたりしたお蔵さんも数多くあります。長生社もそうですが、大きなタンクをいくつかのくつ石の上に載せてあるだけの蔵って多いんですよね。地震の振動でその石が外れると、タンクは簡単に傾いちゃいますから、何か対策は必要でしょうね。

酒販店さんに目を向けると、先日記事にした気仙沼のOさんや南相馬のNさんのような津波による甚大な被害じゃないにしても、地震によってお店の商品が相当な被害にあわれておられるお店も数多くあります。と言うか、揺れの激しかった地域だったら、陳列棚や冷蔵庫の中からお酒のビンが飛び出して割れるのが当然と言えば当然ではありますけどね。

少し内陸に入った福島県福島市の酒販店でも、相当の数のお酒が割れたそうです。私たちの被災地っていう意識からは少し外れた茨城県水戸市のお店もひどかったらしいですし、もっとはずれた埼玉県春日部市でも店内のお酒の亡失は相当なものだったそうですよ。埼玉県って言うと、そんなに揺れたの?っていうくらいに思っちゃいますが、春日部っていう所は周りよりも揺れが激しかったっていう話でしたね。

私が聞いた話では、1回目の本震よりもその後の大きな余震の方がたくさんの商品が割れたような酒販店さんもあったようです。場所によっては、余震の方が揺れが大きかった所もあるんでしょうね。ぐちゃぐちゃになった店内をせっかく片付けたところで、余震が来て、また被害にあったっていう話もありましたね。・・・話が細かくて、うまくまとまらなくて申し訳ありませんが、明日もうちょっと続きます。


□□□ 夢の2000ポイントが続いてますよー! □□□
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皆造しちゃった

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今日の記事は、「今さら何言ってんだよー」と皆さんに怒られても致し方ない話題なんです。タイトルにもあるように、「今年も皆造となりました」っていう内容なんですけどね。実は、私としても、この題名は何だか変な気分なんです(汗)。知らないうちに皆造になっていたっていうよりも、いろいろあたふたしているうちに、大事な節目を感じられなかったっていうか・・・。

もうねぇ、本当はとっくのとんまにお酒は全部しぼり終わっちゃってるんですよ(汗)。どういうわけだか、最後のしぼりの当日の喜びを例年のように記事にするチャンスを逸しちゃいましたね。酒蔵の季節感をお伝えするのも、このブログの大きな役目ですから、いくら毎年のこととは言え、記事にはしなくっちゃならないのにねぇ・・・。

こりゃ、私がブログを書き慣れ過ぎて、あまりに恒例行事だから意識が薄くなっていたっていうわけじゃないんです。ちょうど皆造の翌日から数日間、ちょっとした身内の用事で遠出しなくちゃならなかったりしたもんだから、実は蔵の仕事をてんてこ舞いして片付けていて、とてもブログをゆっくり書く時間がなかったんですよね。

・・・っていうことで、皆造になりましたです、ハイ(笑)。これも、毎年書いていることですが、『皆造』っていうのは、その酒造期に仕込んだもろみを全てしぼり終えた日のことを言います。仕入れたお米を全てお酒にし終わったっていうことで、蔵としてはとてもめでたい記念日っていうことになるんですよね。

それにしても、今年は皆造が早かったですね。遅い年なんか、5月の連休過ぎまでもろみをしぼってることがありましたから、それに比べれば3週間も早いっていうことになります。これは、今年仕込んだ数量が意図的に多少控えめだったのと、仕込みのサイクルを前倒しで進めてきたからっていう理由があるんです。

まぁ、現状の日本酒業界で製造数量を増やしていける酒造メーカーなんて極々ひと握りだと思います。当然、長生社も御多聞にはもれませんが、ちょっとした在庫調整もしたい考えがあって、今年は売り上げ不振分以上に少なめの製造量にしてあります。私とすれば、造る量が少なくて楽をさせてもらったっていう気分ではありますけどね(笑)。

来年は、もう少し多めに造らなくっちゃならなくなりますから、造り始めを早くするか仕込みの密度を上げるかして、今年くらいに終わらせたいもんです。でも、大震災の影響で、売り上げが激減するようなことになれば、多くしなくても間に合っちゃうかもしれませんね(涙)。そんなことにならないように神様にお祈りするだけですが、経済的な状況は著しく悪いっていう認識は持ってなくっちゃならないでしょう。

来年の皆造をどうやってむかえられるのかかなり不透明ではありますが、今こそ、明るい日本の未来、明るい日本酒の未来を信じて進まなくっちゃならない時だと思います。未来に向けての信念がなければ、そこへ到達する道は見えてはこないでしょう。大災害が起こったからこその日本酒の役割もあるはずです。そう遠くない未来に、日本酒が日本に笑顔を取り戻す日のことを信じて、『がんばれ日本!がんばれ日本酒!』ですね。


□□□ 高得点が続いてます!ありがとうございます! □□□
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花粉症

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先日のこと、朝起きると、鼻が激づまり状態でした(汗)。つまっているだけならいざ知らず、タラタラと水のような鼻水は出てくるし、そのうちにくしゃみも止まらないくらいに立て続けに出てくるじゃありませんか。こうなると、集中力も何もあったもんじゃなくって、大きなくしゃみをしては鼻をかむっていう動作の繰り返しになっちまいました(涙)。

今や国民病とまで言われている花粉症ですが、私はそれほどひどくはないんです。っていうか、症状に悩まされるようなことはほとんどありません。まぁ、つまりは花粉症じゃないって言ってもいいくらいだと思うんですが、時として、誰が見ても『あたしゃー花粉症だんがな』状態に陥ることがあるんですよねぇ・・・(汗)。

かつて、高校生時代に、正に花粉症そのものに悩まされていた頃がありました。目はかゆくはないんですけど、鼻水が滝のように出ちゃって、そのうち鼻血まで出てくる始末。花粉症っていう病気(?)が世間に認知され始めたような時期だったんじゃないですかね。今ほど、医薬品も開発されてなかったですし、花粉対策でマスクをしている人なんてあまりいなかったんじゃないかな。

ところが、大学に入学して、人生で一番の春を謳歌するようになると、毎日が楽しくて花粉症になってるヒマなんてなくて、ほとんど治っちゃったような感じになったんですよね(笑)。それ以来、おかげ様で、多少の症状が出ることはあっても、薬を飲んだりお金をかけたりして治療するような必要の全くない生活を送れています。

そんな私なので、先日のように見るからに花粉症状態になることは、本当に珍しいんです。毎年数回は「おっ、来てる来てる」って思うようなことはあるので、その時はエセ花粉症患者を楽しんでますが(笑)、今回はチト苦しかったなぁ。大体、一日半くらいはティッシュの箱を抱えてましたかね(汗)。

私がそうなっちゃう直接の原因は、全くの素人考えなんですけど、食べ物にあるんじゃないかって思ってるんですよね。何か花粉症の症状を激化しちゃうような食品があって、それを食べた翌日くらいにそんな風になるんじゃないかと。簡単に言えばアレルギーを引き起こすような物質が体内に取り込まれて、突発的にそんなことになるんじゃないかとね。

生卵とか、牛乳とか、大豆とか、アレルギーを引き起こす物質はいろいろと言われていますが、それぞれの人によって何に反応するのかが違うんでしょうから、一概にこれと言えない難しさはあるでしょうね。私も、あの日の前日に何か特別のものを食べたっていう記憶はないんですけど、ほんの少量でもツボにはまれば過剰反応するのかもしれません。

あの翌々日からは、ピッタリとそんな症状も収まって、またいつもの生活ができていますが、ああいう状態で1ヶ月とか我慢しなくっちゃならないとなると、そりゃ大変ですよねぇ。そういう方にお勧めしたいのは、日本酒を飲むことです。勝手な推測だと言うことなかれ。私が花粉症から立ち直り始めたのは、大学生になって日本酒を飲めるようになってからですから、きっとそのせいだと思うんですよ・・・って、もし本当だったら、日本酒売れるんだけどなぁ(笑)。


□□□ 高校時代って、もう30年も前かよぉ・・・(汗汗汗) □□□
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桜咲く

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どんな天変地異があろうと、自然は歩みを止めることはないんですね。今年も、会社の構内に唯一残る桜が満開になりました。もうしばらく前に、ブロ友のaoさんのブログには、東京の桜は満開だって書いてありましたから、関東方面では既に葉桜状態になっているんでしょうかね。

今年はこれまで、「何だか寒かった」っていう印象があります。仕込みが終わってしばらくしても、春らしい穏やかな暖かさを感じられる日が少なかったように思うんですよね。それは、取りも直さず東日本大震災による気分的な落ち込みも反映された結果なんでしょうけど、それにしたって朝晩がしっかり冷え込むような日が続いていたような気がします。

この数年が暖か過ぎたんだっていう言い方をする人もいますね。確かに、温暖化が進んで、季節の足並みは早まっていたようにも思います。今年が例年通りだっていう考えもできるでしょう。まぁ、多少の前後はあるにしても、そういう時期になれば日本人の心の花である桜が、これまでと同じように私たちを楽しませてくれるのがうれしいじゃないですか。

それに引き換え、東北の海岸沿線の桜の多くはなぎ倒されてしまったろうし、被災した方々の不自由と不安に包まれた生活からは、桜を楽しむなんていう余裕は生まれてこないかもしれません。それでも、残った桜の木が、昨年までの楽しい記憶を思い起こさせてくれて、未来への希望を少しでも取り戻すことができるように咲き誇ってくれることを念じてやみません。

とにかく、今年のお花見のキーワードは『自粛』っていうことになりますかね。東北地方の蔵元さんたちが、動画サイトで「自粛するよりも、お花見をしてお酒を飲んでください」っていう向きのお願いをして注目を集めておられるようですね。私も、個人的にはそんな気になれない部分はありますけど、あまり馬鹿騒ぎにならなければお花見はやってもいいと思うんです。

私の周りでは、有名な伊那市高遠城址公園はお祭り行事は中止ですし、同じく伊那市の春日公園の桜祭りもやりません。駒ヶ根の光前寺のしだれ桜のライトアップは行われるようですね。20日前後が見ごろだっていう話ですよ。被災地の人たちのことを思えば、自分たちだけが楽しむ気分でもありませんが、そういう人たちのことを想って桜を眺めればいいんじゃないですかね。

そんな呼びかけの効果もあってか、花見かどうかにかかわらず、東北のお酒を飲んで被災した東北のお蔵さんを応援しましょうっていうんで、東京なんかではここのところ東北地方のお酒しか売れないんだそうですよ。ただでさえ自粛ムードで日本酒は動いてないんですけど、唯一『がんばろう東北!』っていうことで、いつもより多いくらいの量が動いているそうです。

そういえば、駒ヶ根の越百ですら東北のお酒シリーズを揃えてますね(笑)。こんな時にお酒が売れるなんてちょっとうらやましいのが本音ですが、ここは私たちもしばし我慢して東北酒を応援しなくっちゃなりません。皆さんも、ぜひこの機に、茨城以北も含めて東北のお酒を飲んでみてくださいね!


□□□ 写真は日ごとに進む開花の様子 □□□
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二度あることは

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これが、先々週の記事 》》》》》》》》》》 【突然来駒しました】

そして、これが、先週の記事 》》》》》》》》》》 【またまた突然の来駒】

はい、今日のブログの内容は、もうお分かりですね・・・私がどんなに頑張っても、彼らを止めることはできません。高々二百数十キロっていうのは、彼らにとって通勤距離程度の意味しか持たないんでしょう。この通勤の途中は、ニコ動生放送をやってくれば、いろんな読者とのやりとりもあって、まったく退屈はしないでしょうしね。それにしても、よく奥さんはついてくるよなぁ・・・(笑)。

っていうことで、横浜の鶴チューS御一行様は、この週末にも駒ヶ根まで遊びに来てくれました。まぁ、信じられない読者もおられるかもしれませんが、本当に彼らはやってきたんです(汗)。それも、毎度毎度の遅ーい時間にね(涙)。昨日の到着は夜の11時くらい。7時ころに横浜を出発してきたのかな。

この歳のおじさんには、夜中の飲み会は体にこたえますが、造りの期間には正にこの時間帯に飲み歩いていたわけですし、駒ヶ根までやってくるお客人をほっておくわけにもいきません(笑)。先週までは蔵の仕事があって蔵に泊まり込んでたりもしましたが、今週は完全に家で寝るようになってましたから、駒ヶ根に着いたS君に家まで迎えに来てもらいました。

お迎え付きで飲みに行くなんて、こりゃかなりセレブな対応ですが、なにせ駒ヶ根到着がいつになるか分からないもんだから、私としてもどう動いていいのか迷う部分があって、女房にも頼み切れないんですよね・・・毎回、突然に夜中に飲みに出ることになるので、女房としてもそうそう機嫌がいいわけじゃありまへんしねぇ・・・(汗)。

あとは毎度のごとく、越百でニコ動生放送をして、視聴者のみなさんとの会話を楽しみながら、体力の続く限り飲み明かすっていうパターンです(笑)。このニコ動生放送がなかったら、S君たちもこんなに頻繁に駒ヶ根に来ることはなかったでしょうし、越百のえっちゃんもこんなに喜んで迎え入れてはくれなかったでしょうね。

昨日も、放送時間が夜中だもんだから参加してくれた視聴者の方々はそれほど多くはなかったものの、この飲み会の一員としてその場にいるような感じで、一緒に乾杯したり会話したりして、やっぱり楽しい一夜でした。昨日は、このブログのメインコメンテーターであるZENさんともいろいろとやり取りができてうれしかったですね。

そんでもって、その先も毎度のごとく、私が寝込んで、S君たちがそれをネット上にさらすというパターン・・・だったんだと思いますが、とにかく朝の5時までなんて、私の体力が持つわきゃありません(汗)。越百を出ると、もう夜明けの明るさで、「いったいオレは何をしてるんだろう」と自問自答しながら家路につきましたよ(涙)。

今思えば、最後の無濾過生原酒を詰めたなんてS君に言っちゃったのが運の尽きでしたかねぇ。それが、彼のモチベーションを高めてしまったのは確かです(笑)。もう、駒ヶ根に自宅を確保するしかないんじゃないかとまで言われているS君ですが、私からのお願いは唯一、「早めに予定を決めて早めに連絡を入れてね」っていうことですかね(汗)。


□□□ 写真の奥に桜が咲いてます □□□
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無濾過ラスト

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「かーさんがーよなべーをしてーてぶくーろあんでくれたー」・・・この『無濾過生原酒』の肩貼りをチマチマ切っている時に、私の胸に去来するのがこの歌です(笑笑笑)。今年の無濾過のビン詰めも今回が2度目となって、これで最終になります。2月と4月に1回ずつっていうパターンが定着してきましたね。

高々1000枚程度の肩貼りを切るだけなんですけど、きれいに仕上げるのは結構大変なんですよ。A4の大きさに12枚分が印刷されてますから、肩貼り1000枚を作るにはA4用紙が80枚ほどになります。1枚ずつ切っていくなんていうことはやってられませんから、10枚ずつをクリップかなんかで挟んでずれないようにして、一度にカットするんです。

重ねた紙を切るための裁断機みたいなのもいくつか試してみたんですけど、案外まっすぐには切れないもんなんですよね。切り口がザラザラになったり曲がったりするので、そういうタイプはあきらめた経緯があります。モノ作りは何でもそうですが、最終的にいいものに仕上げたければ人の手に勝るものはないんですよねぇ。

ところが、この手で切るっていうのの困ったところは、切る時に当て金になる金属製の物差しを強く押さえてないと、切っている途中で設定ラインからずれることになっちゃって、肩貼りとしては使い物にならなくなるっていうところなんです。やおら手に力が入るもんだから、たくさんやっているうちに手の指が痛くなっちゃうんですよね(涙)。

毎日そんな仕事をやっていれば大丈夫なんでしょうが、大抵半分くらい切ったあたりで痛くなってきますから、その後はゆっくり他の仕事の合間に挟むようにします。痛いだけなら我慢できるんですけど、そうなってくると指にも力が入らなくなって、物差しが簡単にずれるようになっちゃうんですよね(汗)。

とは言え、2月の時と全く違うのは、今は仕込みがないっていうことに尽きます。仕込みの最中に別の仕事が入るのは、大した時間じゃないと思ってもそれなりに手間取るし、睡眠時間も削られるようなことになりますからね。その時のことを思えば、指が痛いのなんて『苦労』の『く』の字にもなりませんけどね(笑)。

年間を通じて、この時期が一番ホッとしている時じゃないですかね。「よくあんな生活してたなぁ」と、直前の半年間を振り返って思うんですよね。「もうあんなのヤだから、次期はもうちょっと楽ができるようにしよう」とも毎年考えてるんですが、人間ってバカだから何ヶ月か経つうちに、その時の苦労を忘れちまうんですよね。そんでもって、「今期はこうしよう」なんて、これまでより大変な方向性を打ち出したりなんかしてね(笑)。

私が杜氏役をやるようになってから、今年で13年が経ちました。今から考えると、前年より自分の仕事が楽になったことは、これまで一度もなかったような気がしますね。そんじゃ、その苦労に応じて毎年酒質が上がってきたかっていうと・・・ま、そんなこと考えずに、今年のラストの無濾過生原酒を楽しんでください(笑)。


□□□ 専務の権限で6本は確保してありまっせ □□□
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地震レポート(その2のつづき)

その日に納入された新車が、子供を幼稚園へお迎えに行く、たったの一往復に使っただけで廃車になったと、他人ごとの様に笑うNさんですが、それ以上に頭が痛いのが原発事故のようでした。Nさんの自宅店舗は、例の福島原発から20キロ圏内に入っているために、家の様子すら見に帰れないって言うんです。

それでも、地震後に何回かはお店まで行ってきたっておっしゃってました。とにかく、家は残ってはいるそうなんです。しかし、家の周りは一面ぬかるみ状態で、壁に付いた津波の跡を見ると1メートルくらいの高さまで水につかった様子で、1階部分には泥やらがれきやらが入り込んでぐちゃぐちゃだったそうです。

ニュースでも言ってましたが、津波って50センチくらいの高さでも、もう立ってはいられないそうですね。1メートルにでもなれば流されるしかないんでしょうけど、それが純粋な水ならまだしも、がれきの塊なんだから、流されるっていうことイコール命はないっていうことになるんでしょうね。

シャッターもへしゃげちゃって、中に入るのもやっとだったとか。お酒のたくさん詰まった冷蔵庫がお店の奥にあって、私もお邪魔した時には中を見せてもらったんですが、お酒好きにはたまらない銘柄がギッシリと詰まっていました。お店の軒先からそこまでの距離なんて大したことないんですけど、とにかくその入り口までもたどり着けなかったそうです。

ですから、あの冷蔵庫の中にはまだまだたくさんのお酒が入っているはずなんですが、それを取り出すわけにもいかず、電気も止まったような状態で、中味についてはあきらめざるを得ないようです。銘柄が銘柄だけに、いったいいくら分になるのか見当もつきません。信濃鶴なんて安いもんですけどね。

どこかの総理大臣が不用意な発言をしたとかしないとか騒がれてますけど、Nさんの頭の中にも、放射能汚染によって今後何十年かはあの土地に足を踏み入れることができなくなるかもしれないっていう不安があるそうです。つまりそれは、そこの町自体が消滅するっていうことになって、地元に根差した商売をしている町の酒屋さんとしては、たとえ一人だけで戻ったとしても生きてはいけないわけです。

放射能って怖いんですねぇ。私もそれほど知識があるわけじゃありませんが、一旦手綱を離してしまうと、これほどまでに制御不可能になるものだっていう認識はありませんでした。爆発すれば空気が汚染され、冷やすために水をかければその水が汚染され、相手が目に見えないもんだから、余計に恐怖心が増幅されますよね。

でも、Nさんは、また町の酒屋をやりたいって元気に言ってましたよ。南相馬市で再開できなければ、別の土地でもいいと。ただし、今後の原発の成り行きによっては、相当広範な圏内で立ち入りが規制されることになるから、その時のことを考えても立派な店は作れないとも。原発問題は、地域の人たちの今後の人生設計にまで影響を与えてるんですね。

今は、福島市の奥さんの実家に身を寄せておられるので、福島市でオープンするのかって聞いたら、やっぱりこれまでと同じような、ひと気の少ない村部がいいなんておっしゃってました。前回記事にしたOさん同様、Nさんも非常に素晴らしい酒屋さんです。必ずや復活して、楽しい商売を再開なさるでしょう。その時にはまた信濃鶴もご一緒できるように、全力で応援していきたいですね。


□□□ こちらの応援もぜひぜひ! □□□
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地震レポート(その2)

先日、気仙沼市のO酒店さんの震災当日の生々しいレポートを記事にしましたが、その後、南相馬市のN酒店さんともお話しする機会があって、やっぱり当事者じゃないと語れない体験談を聞くことができたんです。このブログで、又聞きの私がそんなこと書いてもあまり意味はないかもしれませんが、千年に一度のレアな話っていうことで、書き残しておこうと思います。

私の直接的な知人の中で、Oさんと、Nさんと、先日ブログに載せた大学時代の友人Iが、今回の震災の最も深刻な被害者だったと言えます。ただし、I以外は生きておられるわけですから、命が助かっただけでも良かったんだと思うしかないんでしょうね。そんな人たちの命からがらの体験談をご紹介しなくっちゃならないんじゃないかっていう思いも、私の中にあるんですけどね。

さて、N酒店さんですが、南相馬市の海岸から2キロくらい内陸の、田んぼが広々と連なっている平地の中にありました。最寄りの駅はそれから更に1キロくらい内陸に入った所にあって、私がお邪魔した時には、歩いてお店に行こうと決意はしたんだけど、歩く距離としては2キロくらいあって、途中の田んぼの真ん中で半ベソをかきながら後悔した記憶が蘇ります。

地震自体で、どのくらいの商品が破損したのかは聞きませんでしたが、それなりの被害はあったんじゃないですかね。揺れは相当に大きくて、誰も皆地べたにへたり込んで、しばらくボーっとしていたくらいだったそうです。特にご高齢の方たちなんかは、俗に言う腰が抜けたような状態だったんでしょう。

しかし、Nさんはお店にいて、津波警報が出た後も「ここまでは来ないだろう」と高をくくっていたそうです。海沿いに暮らす人の頭の中でも、津波が2キロも海岸線から押し寄せてくるとは思ってもいなかったんでしょうね。もし、奥さんが気がつかなかったら、Nさんは避難行動を起こしていなかったかもしれないって言うんです。

たまたま、お子さんを幼稚園に迎えに行っていた奥さんがふと海の方を見ると、なにやらモヤモヤとした煙のようなものが、遠くに見えたんだそうです。それが津波じゃないかっていうことで、Nさんにも伝えたんだそうですが、その時点ですらNさんは「ここまで来るはずがない」と思っていたようです。

ところが、避難誘導に来た消防隊員の「津波だ!逃げろ!」という声で、一気にそれが現実味を帯びて、家族全員を車に乗せてなんとか安全に津波から逃れることができたんだそうです。津波が陸地を襲い始めた後から逃げ始めたわけですから、これも危機一髪の避難劇だったと言えるんじゃないですかね。

翌日になって見渡すと、結局、津波はNさんのお店から更に1キロほど内陸の線路沿いまで到達していたようで、がれきや車がそのあたりまで押し流されて折り重なっていたようです。私も、地震後すぐにグーグルでNさんのお店の位置は確かめて大丈夫だろうと思っていましたが、ヘリからの撮影を翌朝のニュースで見て、一面水浸しの水田風景に愕然としたのが思い出されます。

なんとも可哀想なことに、Nさんは地震のあったその日の午前中に新車が納入されて、現金で支払いを済ませてあったんだそうです。しかし、当然その車も無残に流されてしまいました。後から考えれば、逃げる時に車2台で逃げれば良かったなんて思うでしょうが、その時にはそんなこと考えている余裕はなかったそうです。・・・今回も、続きます。


□□□ みんな命からがら逃げたんですね □□□
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義援金

ある夜の、我が家の食卓にて・・・

私「ちょっと、今日は話がある」
妻「あら、いったいどうしたの?」
娘「・・・(マンガから目を離さない)」

私「東日本大震災に関しては、みんなもよく知っている通りだ」
妻「そうね」
娘「・・・(完全に無視)」

私「そして、いろんな人が義援金を出しているのもよく耳にするし、公共の機関でも募っていたりするよな」
妻「すごく集まっているのよね!」
娘「・・・」

私「そこでだ、お父ちゃんも義援金っていうヤツを寄付しようと思うんだ」
妻「そうよね、私たちだって出さなきゃならないでしょうね」
娘「・・・そーれーでー?」

私「それで、お前たちは、いったいどれくらい出せるんだい?」
妻「冬の間働いたお給料からいくらか出すわ」
娘「どうして私たちも出さなくっちゃならないのよ!」

私「我が家として、いくらかでも募金できればいいと思うんだ」
妻「子供たちだって、いろんな所の募金活動にお金を出してるじゃないの」
娘「だって、お小遣い少ないんだもーん」

私「義援金なんて、一生のうちでそう何回もするもんじゃないぞ。たぶんこの災害は、お父ちゃんやお母ちゃんばかりじゃなくって、お前にとっても一生の中で一番甚大なものになると思うんだ。だとすれば、自分で考えてできるだけのことをしてみたらどうだ?」
妻「ご両親が亡くなっちゃった子供たちだって多いのよ」
娘「じゃ、千円・・・」

私「金額の多い少ないは関係ないんだけどな。家も勉強道具も大切な漫画の本も全部流されて、避難所で寒い思いで寝ているお前と同じ年の子供もいる。つい1か月前までは、お前と全く同じ生活をしていた子供がだ。こんな時は、自分への支援だと思って行動しないと、思いのこもったお金にはならないぞ」
妻「こんな暖かな部屋で、美味しい料理を食べられるだけだって、いつもは気がつかないけど、本当に幸せなことなのよね」
娘「じゃ、二千円・・・」

私「ここに、お父ちゃんが、これまでチビチビと貯めてきたヘソクリがある。これは、○○が欲しいと思って貯めてたんだけど、○○は無くてもとりあえず生きてはいける」
妻「それじゃ、その中から少し出すのね」
娘「・・・」

私「お前らもよく分かっているように、お父ちゃんはそれ程給料が高くない。そこからもらえるお父ちゃんのお小遣いも推して知るべしだ。そしてそれは、外で飲み会に使うお金で、ほとんどなくなっちゃうわけだ。だから、ここまで貯めるのには3年くらいかかったかな」
妻「よく使い込まなかったわね」
娘「・・・」

私「これを、全部募金する」
妻「えっ?全部!」
娘「全部あげちゃうの???」

私「今、このお金を使わなかったら、いったいいつ使うっていうんだ。被災して何にも無くなっちまった人たちのことを思えば、欲しい物を我慢するくらい屁でもない」
妻「それじゃ、私も誕生日プレゼントは我慢して、募金に回すわ」
娘「私、おじいちゃんにもらった皆勤祝いがあるわ。それを全部あげればいいの?」

私「全部だとお前も切なかろうな。でも、自分で頑張ってこれまでずっと学校を休まなかったんだ。そのご褒美でじいちゃんから頂いたお金を義援金に使えば、それを使う人たちも元気が出るかもしれんな。それじゃ、その中から××円出せばどうだ。それなら、中学2年生が出すお金とすれば十分だと思うぞ」
妻「そういうお金の使い方も、一度してみるといいわね」
娘「△△が欲しかったけど、今回は我慢するわ」

・・・と、こんなにうまく話が進んだわけじゃないんですけどね(汗)。どこかの経営者さんみたいに100億円なんて募金できればいいんですが、あまりにすごい金額で比べようもありません。けど、思いは一緒です。まぁ、私の裁量で自由になるお金ですから、全部出しても大したこたぁありません。実は、「お父ちゃんなんか、何回か飲みに行かなきゃすぐに一万円くらい募金できるんじゃないの」とか言われた手前、全部なんて言っちまったんですが、全然後悔はしてませんよ(笑)。


□□□ またヘソクリ始めます □□□
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地震レポート(つづき)

さて、家族を高台の親戚の家に避難させた後、Oさんはこともあろうにもう一度家に帰ったっていうんです。今生きてるから「いやぁ、危なかったですよ」で済みますが、これで津波にでも飲まれていたら、大バカ者のそしりは免れなかったんじゃないですか。彼は、正に危機一髪のタイミングで津波から逃げることができたんです。

家に帰って、大切な書類等をまとめて持ち出そうと2階にいたら、雨が降ってきたのかと思われるような音がし始めたっていうんです。階下に降りてみると、もうそこは津波の先端が押し寄せていて、一面水浸しでした。その時点で、既にOさんの膝のあたりまで水面が来ていたそうです。

慌てて外に止めてあった車に乗り込んで走り出したんですが、マフラーが水を吸ってノッキングのような状態になって、最初はうまく走れなかったそうです。この車も、エンジンをかけて置いてあったからなんとか走り出してくれましたが、そうでなかったらエンジンはかからなかったかもしれなかったそうです。Oさんは、津波に追いかけられるようにして、車を高台まで走らせたんです。

あとは、高台で、自宅を含め多くの家々が大津波で流されていく様子を眺めているしかなかったそうです。その時の気分はどんなものだったろうと、私たちじゃ察することもできないでしょうね。恐怖と無念と不安とが目の前で渦を巻いていたんだと思います。それでも、Oさん一家は全員がご無事でした。私はOさんとまた飲み明かせると思っただけで、本当にうれしい気分です。

Oさんの奥さんの実家は、気仙沼の沿岸に浮かぶ大島という島だそうです。島の津波の被害は、それこそ全て押し流されたっていう感じらしくて、島の反対側にいて、津波が島を乗り越えて流れてきたくらいだったそうです。津波の被害を逃れたのは、島の中心部の小高い部分だけだったそうです。

更に悪いことに、地震のあった直後に気仙沼市内が一面火の海になっていた光景は正にショッキングでしたが、そこで火のついた船が大島に流れ着いて接岸しちゃったんです。大島でも火の手が上がって、わずかに残った丘の上にも火が回ったんだそうです。島の中で逃げ場も無く、ここでも、相当の方が亡くなったんだと思います。

奥さんは実家のご両親は既に亡き者と覚悟を決めておられたそうですが、なんと、これも奇跡的に生き残っておられたんだそうです。私も詳しくは聞きませんでしたが、島民の皆さんは命からがら逃げ惑ったんじゃないですかね。その時の皆さんの行動は、正に九死に一生のドラマだったはずです。さぞや奥さんもうれしかったでしょうね。

地震があって、津波が来て、原発が壊れて、風評被害が立って、これ以上悪いことが起こらないくらいの状況でも、現地の皆さんは力強く生きておられます。Oさんも、残った酒販免許を使って、また酒屋を再開したいっておっしゃってました。私も、全力で応援したいと思っています。

どんなことが起こっても、更に明日を生きようとするのが人間なんでしょう。今回の震災では、被災地の皆さんに、私たちが勇気をもらうことの方が多いような気がします。「たとえ、明日世界が終わりを告げようとも、それでも私はリンゴの木を植える」・・・昔のえらーい哲学者が残した言葉を思い出しました。


□□□ ゲーテ・・・だったかな □□□
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地震レポート

先日、これまでとても気にしてたんだけど連絡が取れなかった、気仙沼市のO酒店さんと電話でお話しすることができて、私としたらとても安心できたし嬉しかったんですけど、初めて津波の被害者の生々しい声を聞いて、なんとも驚くことばかりでしたね。これまで、NTTの災害用伝言板に簡単な消息は書いてあったので、生きておられるっていうことだけは分かってたんですけどね。

Oさんのお店は、気仙沼市の市街地からは南側に外れた本吉町っていう所にあったんです。地震発生時には彼は自宅店舗にはおらずに、別の場所にいたんだそうです。地震が大きかったので即座に携帯のワンセグを見ると、大津波警報が発令されていることが分かって、慌てて家に飛んで帰りました。

警報では6メートルの津波と出ていたそうです。Oさんの家は5メートルの高さで、もし警報通りだと1メートルは浸水する計算になって、その時点でもかなり慌てたそうです。ところが、本吉町には気仙沼市の防災無線がすぐには入らずに、家ではお母さんや息子たちは何も知らずにいて、「なに慌ててるんだ?」くらいだったらしいですね。

とにかく大急ぎでみんなを車に乗せて、Oさんの住んでいる区域が指定している避難場所じゃなくって、もっと高台にある親戚のおじさんの家に連れて行きました。どうやら、定められた避難場所に集まった人たちは、全員流されてしまったようです。やっぱり、全てが想定外の津波だったんでしょうね。

Oさんが言うには、地震自体ではお店の商品は数本が割れただけだったらしいです。被害の大部分は津波によるもので、漁港がお店のすぐ裏にある立地でしたから、私も地震後には、他のお店はどうあれOさんのお店だけは跡形もないだろうなとは思ってました。現実にも、全ては流されて、ほとんど何も残ってはいないそうです。

その漁港は湾状になっていて、いろんな方向から津波が押し寄せたために、湾の中が渦を巻いたような状態になったんだそうですね。だから、家やら家財がどうやって流されたか全く分からなくなっていて、思い出を探そうにもそういったものがどこにあるのか見当もつかないとか。お店の跡には少しだけお酒が残っていたそうです。信濃鶴の4合ビンを2本見つけたって、Oさんは言ってました。

Oさんの幼稚園に通う子供は、園全員で逃げたんですが、指定の場所に避難した後で、ここだと危ないかもしれないと一段上の高台に行き、更に、もしかしたらともう一段上に行き、こりゃヤバいともう一段上に逃げて難を逃れたそうです。もう数メートル津波が高かったら、最後から二番目の場所でも流されたんじゃないかって話してましたよ。

まだまだスゲー話がありますから、明日に続けます。Oさんは電話口では笑ってましたけど、実は、Oさん自身だってとても危ない目にあってたんです。流された人と助かった人の差はほんの些細なものなんでしょうけど、原発事故も然りですが、もしもの時の見積もりに対する余裕の取り方は、人の命っていう観点からはよほど大きくとっておかないといけないんだろうと思いましたね。


□□□ ランキングポイントはいくら余裕があってもいいです □□□
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突発性寝不足

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まったく、信じられない連中である・・・先週末、横浜の鶴チューS君たちが来駒したことは記事にしましたが、どういう経緯か彼らは今週も来ちゃったんです(汗)、イヤ来てくれたんです(笑)、イヤイヤ知らないうちに駒ヶ根にいたんですけど、私も他の飲み会で酔っぱらっていたところを叩き起こされて、越百に引きずり出されたっていう顛末です(涙)。

本当は、S君たちは酒屋八兵衛の元坂さんの蔵に行こうと企んでいたらしいんですよね。私に電話してきて、元坂さんにアポを取ってほしいって言うもんだから、トーコ姉気に連絡を入れてみたんですが、どうもこの日は出掛けちゃう予定で都合が悪いらしい。その旨S君に伝えると、その時にはもう出かけるのは諦めた様子だったんです。

だもんだから、私もその日の飲み会を終えて、家に帰って寝間着に着換えて、早いとこ寝ちゃおうと思ってたところにえっちゃんから電話・・・「今、双葉のサービスエリアだって」「ヘッ?今10時半だよ」・・・って(汗)。ただでさえ既にお眠りモードに入りかけてるのに、その体に鞭打って、女房を拝み倒して会社まで送ってもらいましたよ・・・トホホ。

まだ蔵にはもろみも残っていて、私としたって人手の少ない日曜日の仕事の計画が頭にあって、本当なら朝の6時頃からある仕事をやろうと思ってたんです。ところが、こんな時間から更に飲むことになれば、その仕事をするのは苦しくなると思ったもんだから、まずは蔵に行ってひと仕事やっておきました。本当は、酔っ払って蔵の仕事をひとりでなんかやっちゃ危ないんですけどね(汗)。

まぁ、その後は毎度のことなので読者のご想像にお任せしますが、やっぱり私は電池切れになって2軒目のArikaのテーブルで寝てました。そういえば、途中でbossにも電話したっけ(笑)。でも、少し薄くなってきた頭頂部をカウンターに置いて寝込んでいる私の姿を、ニコニコ動画で生放送しないでほしいなぁ。絶対に杜氏さんのイメージが悪くなっちゃうよ、ありゃ(涙)。

彼らにしてみれば、駒ヶ根と横浜なんてさしたる距離じゃないんでしょうね。ドライブ好きでニコ動の生放送をしながら来れば、退屈もしないでしょうしね。信濃鶴チュー毒、駒ヶ根チュー毒、越百チュー毒のいずれも当てはまる彼らは、もう1割くらいは駒ヶ根の住人と言ってもいいかもしれません。駒ヶ根に来るとホッとするっていうくらいになっているんじゃないですかね(笑)。

信濃鶴も、「飲むとホッとする」って言われることがよくあります。期せずして、昨日のブログのコメントにも、ありの実さんが鶴のことを「安心して飲める美味しさ」って書いてくれてますね。なんでみなさんがそう感じてくれるのかは、よく分からないんですけど、「鶴なんてベラボウに美味い酒じゃないんだよ。でも、うちのお客さんは、飲むとホッとするって言うんだよね」とはえっちゃんの弁ですが、褒めてんだかけなしてんだか・・・(笑)。

Arikaから解放されたのが4時半頃。なんか、少し空が白みかけてるような時間でしたよ(汗)。飲みに出る前に、ひと仕事やっといて良かったなぁ。でも、仕込期間の最中なんて、夜中から飲み始めることが多かったんですから、その頃から考えれば睡眠時間はしっかりとれているわけで、このくらいへっちゃらなはずですが・・・やっぱり激ねむ(涙)。


□□□ 写真は昨日のじゃありません □□□
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赤そば物語(つづき)

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H君が来てくれることは会社のみんなにも事前に伝えて、その日はいつものお弁当を少なめに持ってきてもらいました(笑)。会社としてもそんな経験をしたことはなくって、12時のベルが鳴ると、社長をはじめ社員も戸惑いがちに食堂に集合。H君のあいさつから、昼蕎麦会長生社バージョンは始まりました。

お座敷蕎麦っていうことを聞きますが、これは本当に蕎麦打ちからお客さんの前で披露するパフォーマンスのようで、今回はそんな時間もありませんし、『赤そば物語』っていう商品の試食なわけですから、蕎麦自体は既に打った商品の形のものを持ってきて、ゆでるところから会社のお勝手場でやってくれたんです。

蕎麦は『三たて』が美味しいなんていいますよね。『挽きたて』、『打ちたて』、『ゆでたて』がいいっていうことなんですけど、これをいっぺんにやろうとすればこだわりの蕎麦屋に行くしかないわけで、それでもその辺を最短距離にして、最後のゆでたての状態で食べてもらいたいっていう配慮ですね。まぁ、ゆでてから時間が経った蕎麦なんて、どんな名人の蕎麦でもとてもとてもになっちゃいますけどね(汗)。

茹でるところからの出張蕎麦屋っていうことになると、案外必要な荷物って少ないんですよね。大きな鍋さえあれば、あとは食べる時に使うザルやそばちょこだけ。箸まで持ってきてくれましたから、こちらとすれば本当に何も用意せずに済んじゃいました。もしかしたら、こういう形態のサービスでも商売になるかもしれません。

お湯さえグラグラ煮たってしまえば、あとの作業は極々短時間です。2人分ずつゆでていってくれましたが、ゆでてる時間なんてほんの1分程度ですから、どんどんとざるが仕上がって、普通盛りより少し大盛り加減のもりそばをみんなでいただくことができました。いつも使っている食堂ですが、やっぱり何となく蕎麦屋の雰囲気になるから不思議です(笑)。

プロがその場でゆでてくれるんですから、やっぱりとても美味しかったですね!氷も持参で、ゆでた後は冷水でキッチリとしめてくれてました。彼の蕎麦はつなぎが1割しか入ってないっていう割にはのど越しが良くって、蕎麦つゆも甘くはないので、サラサラあっさりといくらでも食べられるタイプですね。蕎麦としての完成度は高くて、彼の蕎麦打ちの技術は確かなものだと思いました。

食べた後に、H君の用意してきたアンケートに答えながら、少しみんなで質疑応答があったりして、彼の蕎麦に対する思いを感じることができたんじゃないかな。長生社とすると、めったにしたことのない、外部講師を呼んでの研修会っていう感じになって、短い時間でしたけど楽しいひと時を過ごすことができました。

実は、私は去年の年越し蕎麦は彼にお願いしてあったので、以前に同じものを食べてはいたんですけどね。彼のウンチクを聞きながら食べたら、またひと味違った美味しさでしたよ。今後、また新たな事業展開もあるようですが、地元の蕎麦粉を使った特産品ということで、私もどんどん応援したいと思ってます。読者のみなさんも、機会があったらぜひ召しあがってみてくださいね!


□□□ やっぱしダントツの4位キープですな(笑) □□□
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赤そば物語

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こりゃぁ、本邦初公開写真かもしれません。ここは、長生社のお勝手場なんです。昔、出稼ぎの蔵人がたくさん寝泊まりしていた時には、ここでお給仕のおばさんが朝昼晩とみんなの食事を作っていました。いまでも、社員食堂として毎日使ってはいますが、何か料理を作るっていうことはほとんどなくなっちゃいましたね。

ここで、先日、私の友人でもある蕎麦職人のH君が、蕎麦をゆでて長生社の社員みんなにご馳走してくれたんです。ガスだけは会社のものを使ってもらいましたが、蕎麦をゆでるための大きな鍋と、盛りざるやそばちょこなんかも全て持ち込んでくれて、こっちとすると全くの手濡らさずで美味しい蕎麦にあり付けたんですよ。でも、全くのご厚意だけでそんなことしてもらえるわきゃありませんわな・・・。

H君は蕎麦職人とは言っても、駒ヶ根市の隣の宮田村にある『タカノ株式会社』の社員っていう位置づけなんです。この会社はいろいろな分野への多角化で成功なさっているんですけど、どちらかというと機械等のハード分野が本流で、普通の人はこの会社に蕎麦打ち職人がいるなんて全く思ってもいないようなイメージの、地元を代表する先端企業なんですよ。

このタカノさんの中に健康福祉部っていう部署があって、そこでは『高嶺ルビー』っていう赤い花のつく珍しい蕎麦の品種を開発して、様々な商品開発をしているんですよね。そして、H君はその高嶺ルビーの蕎麦粉を使って蕎麦を打っているわけです。既に『信州赤そば物語』っていう商品名でネット販売されています。

機械メーカーだから機械打ちなんだろうっていう予想を裏切って、この蕎麦は全て彼の手によるもので、栽培から蕎麦つゆに至るまで、細部にこだわった正真正銘の手打ち蕎麦なんです。ただし、蕎麦屋がどこかにあるっていうわけじゃなくって、今のところこの蕎麦が買えるのはネット上のみっていうことです。

この『信州赤そば物語』が発売されて1年以上が経ったらしいんですけど、これを機にお客様の生の声を実際に聞いて、今後の商品販売に役立てていこうっていうことで、アンケートをとっているんだっていう話をH君から聞きました。そして、長生社の皆さんにもぜひご意見を伺いたいんだけど協力してもらえるかっていう、うれしい申し出をいただいたんです。

アンケートですから、なるべく多くの人に答えてもらいたいわけで、H君とすればある程度大人数が集まるところで試食会をやりたいわけですよね。ですから、いくつかの事業所にお願いして、お昼時に出向いてその場でお蕎麦をゆでて食べてもらって、そこでの感想をアンケートに答えてもらうっていうことをやっているんだそうです。

当然、私は二の句を継がずに了解しちゃいましたね(笑)。出張出前蕎麦を会社で食べられるチャンスなんて、そうそうあるもんじゃないですからね。蕎麦が嫌いっていう社員は長生社にはいませんから、みんなで楽しみにしてました・・・まだまだ、当日の様子が書ききれませんから、もうちょっと明日に続けますね。

》》》》》》》》》》 【信州赤そば物語のホームページ】


□□□ どうしてこんなに蕎麦関係の知り合いが多いんだろ? □□□
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春の訪問者(その2のおまけ)

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上手く書けるかどうか分からないんだけど記事にしておこうと思っていたことがあって、早いうちにアップしようと考えていたんですが、この3日間ほど立て続けに携帯からの投稿になっちゃって、落ち着きませんでした(汗)。前横浜市長の中田さんがお見えになった時に感じたことなんですけどね・・・。

さすがに、彼は非常に自信たっぷりにモノを言う人でした。あのくらいでないと、大勢の人間を引き連れてリーダーシップはとれないんでしょうね。言っていることは正論だし、それに対する裏付けもしっかりと持っておられるし、声も大きいし(笑)。私のようなチャランポランは、彼と面と向かって議論をしても、なかなか反駁のしようがないでしょうね(汗)。

そんな中田さんでしたが、一回だけ、弱音とは言わないまでも、彼にだって苦悩はあるんだっていうことを思わせる発言があったんです。それは、私が言った言葉の中に、「駒ヶ根の人に本物のお酒を飲ませたいというのが第一義であって、それが純米酒であるとか地元の美山錦であるとかは二の次であって、そんなことは知らなくてもいいと思っています」っていう旨の内容があった時でした。

「でも、やっぱり分かってもらいたいじゃないですか」っていうのは、当然の切り返しかもしれません。もしも、ここまでのことをしてお酒を一生懸命に造ったとしても、結局のところ評判はそれほど上がらない、販路は拡大しない、利益は薄いっていうことになって、会社がつぶれちゃったらどうしようもないじゃないかっていうわけです。

横浜市長時代に、市の全体を見渡して、市の百年先を見越して、市民のためにと採用した方策が全く理解されずに批判の対象になったことが何度もあったそうです。どういうつもりでその道を選んだのかが全く分かってもらえない辛さを、幾度となく味わったこられたんでしょう。「どうしたら、分かってもらえるんでしょうかねぇ」と。

その質問を聞いて、「そう言えば、純米蔵にする前って、分かってもらえなくてお手上げ状態にでもなったらっていう恐怖心に常に苛まれていたなぁ・・・」って思い出したんです。その恐怖心を乗り越えることが、自分の中での一番の戦いだったかもしれません。誰に何を言われようと揺るがない信念を持ち続けることなんて、このクソ石頭の私でもできませんでしたからね。

しかし、もし分かってもらえなくて失敗したらっていう感覚は、今ではほとんどないんですよね、これが。苦労して乗り越えた壁は、実はそれほど高くはなかった。ひとつ壁を乗り越えて振り返った時にしか見えない光景なのかもしれません。それは、もう十分に分かってもらえたなんて思ってるわけじゃなくって、うまく説明できないんですけど、分かってもらうことが本質じゃないんじゃないかっていう感覚って言えばいいかなぁ・・・。

私だって、本心は知ってもらいたいわけです。当然、分かってもらうための努力は常にするべきだっていうことも理解しています。でも、分かってもらうことに意を割くよりも、分かってもらうべき本質に全てを傾注することの方が、遠回りでも大きな道だと、そして、老舗ビジネスとしてもその方がより大きな実を得られると思ってるんですよね。

それじゃ、いったいいつ分かってもらえるんだって問われれば、「いつか分かってもらえる」っていう、つまらないフレーズに収斂しちゃうんですけどね(汗)。そんな感度では経営者としては失格なのかもしれませんが、そこにあるのは、私が抱いている人間というものに対する絶対的な信頼感なんだろうと思うんです。ほんの少しだけ見せてくれた中田氏の本音に気付かせてもらった、私の基礎部分じゃないかと。


□□□ 前回使った写真とは違いますよ(笑) □□□
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米穀部会




どうして、一回外に出だすと、外向きの仕事が次から次へと湧いて出てくるんでしょうか(涙)。まだ、蔵にはもろみが残っているっていうのに、段々と杜氏の仕事は蔵人に任せっきりで、専務の仕事に追われるようになってきつつあります(汗)。今日は、夕方からJA上伊那の米穀部会、つまりお米を造る人たちの部会の『米消費拡大イベント』に出席しています。

直接的には関係がないって言うか、あるって言うべきか表現に迷いますが、この米穀部会の中に酒米部会っていうのもあって、この上伊那管内の酒造メーカーはほとんどがその部会の皆さんが栽培した美山錦やひとごこちといった酒米を使っているわけで、私たち蔵元とすれば他人ごとではなくって、このイベントにも参加しているような次第です。

私は、これまでは蔵が忙しいからと逃げていたんですが、今年は社長の代わりに出席せざるを得なくなりました(笑)。基本的には、自社のお酒を参加者の皆さんにふるまうっていう仕事なんですけど、途中でお酒の説明をしなくっちゃなりません。人前に立つのは半年ぶりになりますから、なかなか思うような言葉が口をついて出てきませんね・・・(汗)。

私とすれば、まだ床屋にも行ってなくて頭は丸坊主が伸びただけになってるし、ヒゲも剃ってないし、格好もまだまだ蔵内仕様なので、この時期に多くの人の視線を浴びる仕事はしたくないんですよねぇ(汗)。はやいところ専務モードにしたくもあり、まだまだ蔵の中のことが手から離れずに杜氏モードも引きずっている、中途半端なこの時期の恥し気なオーラがプンプンしていると思います(笑)。

震災後の今ですから、『お祭り』というような表現はせずに、内容的にも自粛傾向で、飲むお酒も少なめの設定のようでした。日本酒もさることながら、お米自体の消費も下落傾向なんでしょう。主食の消費拡大っていうことは、一朝一夕にはできなさそうですから、難しいテーマなんだと思います。でも、稲作農耕文化が私たち日本人の根幹なわけですから、お米を食べるっていうことに対する認識を今一度明確にしていく必要があるのかもしれません。

こういう時じゃないと聞けない話っていうのがポロッと出てくるのが、わざわざ時間を割いて参加する意義のうちのひとつじゃないですかね。ここじゃ書けませんけど、減反の裏側とか、TPP交渉の実態とか、地方農政の問題点とか、実際の現場に直面している農家サイドの皆さんの生の声が聞けて、私としてはとっても興味深かったですね。実学としての知識っていうのは、こういう場でないと得られないんだと思います。

まぁ、基本的に最後は飲み会になりますから、当然のように二次会に行ってベロベロになって、三次会に行ってベロンベロンになって、めったに乗らない電車に乗って帰って来ました(汗)。家に着いてからは、女房にラーメンを作ってもらうんじゃなくって、お米を使ったお茶漬けを所望しようと思ってたのに、どうやって寝たのか記憶がありません(汗)。これからの半年を占うような、毎度の結末・・・。


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ツイツイ



ある人からメールをもらいました。先日、中田宏さんが長生車にお見えになった日に、帰りの車中でお書きになったとおぼしきツイッターの一文を発見したとのこと。蔵でそれなりに鶴をお飲みになってましたから、いい気分でのつぶやきだったんだと思うんですけど、私との話を楽しんでいかれたご様子で、私としてもとてもうれしいですね。

『いま長野県駒ヶ根市からの帰りです。ジャパニストの取材で信濃鶴の酒蔵へ。震災支援等で日程は大きく変更したけど、今日取材に行かないと原稿が間に合わないリミット。それにしても、杜氏の岳志さんは、純米酒こそ日本酒という哲学も、年齢も、子供の年も私と全く同じで話が弾んだ。本物発見!』・・・と書いてあったそうです。

ちなみに、中田さんのツイッターはフォロワーが55000人もいるサイトらしいですね(汗)。単純には言えないでしょうけど、信濃鶴っていう名前が何万人かの目に触れたかもしれませんから、こりゃぁいい宣伝をしてもらえたかもしれません(笑)。けど、万人単位の人に向かって自分の意見を言うのって、度胸いるだろうなぁ。

本当にいろんな方から、ツイッターをやるように勧められるんです(汗)。そのたびに「考えておきます」旨の返答をしてますけど、なかなか行動には移せないでいます。いまだに、そのシステムが理解できていないのと、ツイッターイコール極短のブログっていう図式が頭の中から離れないために、なんとなく「ブログやってんだからいいや」的なブレーキがかかっちゃうんですよねぇ(汗)。

今や、NHKでも討論番組の中でツイッターによる意見収集をやってる時代ですし、今回の震災後の混乱状態の中でも、情報伝達手段としてとても有効だったそうじゃないですか。そういう側面から見ると、やっぱりブログとは別物だろうし、違った利用方法があるってことなんでしょうね。逆に、大した違いがないんだったら、こんなに流行はしなかったはずですしね。

とはいえ、いろんな人のつぶやきがしょっちゅう携帯に入ってきて、そのたびにそれに反応している私の姿が目に浮かぶんですよねぇ・・・(汗)。もし、フォロワーがある程度多くなってきたら、ツイートが何が何だか分からなくなっちゃうんじゃないかとか、悩みは尽きません(笑)。試しに、一日だけやってみようとか昔から考えてるんですけど、それだけじゃ面白さが実感できるかどうか分かんないしなぁ・・・。


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専務のお仕事



4月に入り、酒造り以外の業務が何かと忙しくなってきました。今日は、長野県酒造組合の青年部会に当たる『若葉会』の例会があって長野市に向かっています。本当は、4月に入ったからいろいろと立て込んできたっていうわけじゃなくって、これまでは蔵が忙しいからと全てを放棄してきてたから何もなかったような気になってただけなんですけどね(笑)。

ぶっちゃけた話、杜氏の仕事と専務のそれはやっぱり全く違うものなわけで、理想的にはそれが常に上手くミックスされた状態で遂行できればいいんですけど、かなり難しいのが現状です。そうしたいのは山々ではあるんですけど、そうするには私の能力を超えているっていうか、私の性格上ひとつのことしかできないっていうか・・・(汗)。

実際問題として、造りの間は、新規店の開拓とか、酒販店さんへの対応とか、対外的な業務は全くやってないんですよね、情けない話ですが(汗)。税務申告も冬の間は女房に手伝ってもらってたりします。酒を仕込んでいれば、そんなことできっこないていうのも道理ですが、本来ならそんなこと言ってちゃイカンわけで、私としても悩ましい部分ではあります。

もろみだって残っていて、まだまだ蔵の仕事はたくさんあるんですが、とにかく仕込みが終わったら、私が関わらないとできないような仕事を優先して終わりにしちゃって、早いところ専務の仕事に手が付けられるようにしてもらうんです。結構いろいろと溜まってますから、どこから手をつけるか困ったりしてね(汗)。蔵の仕事だってまだ並行してやらなくっちゃならないですし・・・。

このブログの『専務取締役杜氏の純米酒ブログ』っていう題名には、私と同じような状況で頑張らざるを得ない立場の若い経営者が多い、今の酒造業界の現状を分かってもらおうっていう思いが込められています。きっと、ブログを書き始めた頃にはもっとその手の内容をたくさん書くつもりだったと思うんですけど、いつの間にか道を外れちゃいましたけどね(笑)。

専務で杜氏、あるいは社長で杜氏っていう経営者は、今では読者のみなさんが考える以上に多いんじゃないでしょうかね。それには、日本酒の消費低迷による経営規模の縮小と、杜氏後継者の不在っていう2つの側面があると思いますが、いずれにしても、悲しいかな斜陽産業となってしまっているこの業界の実態を反映した結果ではありましょう。「あの頃は辛かったなぁ」って、いつの日にか明るく振り返るのが夢なんですけどね・・・。


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ニコ動仲間

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土曜日の午後4時過ぎのこと。携帯が鳴ったので出てみると、「今、起きたんですけど、これからラーメン作って食べたら、そっちへ出発すればいいですか?」と眠そうな声。どうして、私の友人連中は、こう毎度、唐突なことばかり言いだすんでしょうか。そんな時間から、駒ヶ根に遊びに来れる男じゃないんですよ。だって、横浜の鶴チューS君なんだもんねぇ(汗)。

「今そんなこと言ってるんじゃ、出発が5時になって、駒ヶ根に着くのなんか10時ごろになっちゃうじゃんかー!」と言っても、もう誰にも彼を止められまへん(笑)。きっと、ドライブすること自体もかなり好きなんだと思いますよ、S君は。加えて、駒ヶ根でも流行っているニコニコ動画で車の中から生放送をしながら走ってきますから、ヒマすることはないんでしょうね。

さて、私とすると、そんな遅い時間から飲まなくっちゃならなくなるわけで、仕事が終わってから急いでブログを書いて、家に帰ってお風呂に入って、ご飯を食べて準備をしておかなくっちゃなりません(汗)。ただし、彼が車載生放送をやってきてくれているおかげで、今どの辺を走っているのかっていうことが逐一分かるので、時間は合わせやすいんですけどね(笑)。

期せずして、先日も記事にしたように、一日前に私は同じ道を東京方面から駒ヶ根に帰って来ていたわけで、彼のニコ動生放送に映し出されているのは、前日の記憶かと思わせるような映像ばかりでした(汗)。結局、私が案じた通り、S君御一行が越百に到着したのは夜の10時半頃っていうことになっちゃいましたね。

でも、まぁ、それでいいんです(笑)。毎度のパターンですが、越百が暖簾を下ろして、それ以降が常連客タイムになりますから、それから、S君たち、aSaっちカップル、私の知人のKさん、えっちゃん、私で、これも最近のお決まりになっている居酒屋生放送を配信しながらの楽しい夜になりました。夜遅くなっちゃったんですけど、前回依頼されていたので、遠く離れたZENさんにもこれから放送が始まることをメールしておきました。

何がっていうわけじゃないんですけど、やっぱり楽しいんですよね、これが。ああなると、居酒屋に飲みに来ているっていうよりも、仲間の部屋に遊びに集まっているような感覚って言った方がいいでしょう。今回は、S君のパソコンとえっちゃんのパソコンの両方から生放送したので、結構シッチャカメッチャカになりました(笑)。

今回のS君のミッションは、ニコ生放送時にBGMを流せるようにえっちゃんのパソコンを設定することだったんですが、それがなかなか上手くいかずに朝方まで試行錯誤してたみたい。私はその前に撃沈モードに入っていたので、早くに失礼してたんですけどね(汗)。翌日の日曜日も、越百にみんな集まって設定に挑戦したんですけど、結局、今回はできずじまいだったようです。

日曜日は、当然私は仕事だったんですが、陣中見舞いにと、女房と娘と一緒に女房の手作りケーキを持って越百に顔を出したんですけど、それを生放送してたら、黄身ちゃんやらaSaっちたちがケーキ目当てに越百にやってきて、またもや大騒ぎになりました(笑)。半分仕事、ときどき遊びの日曜日になりましたが、それにしてもニコ生放送チト楽し過ぎ・・・。


□□□ 昼間の越百の写真は珍しいですね □□□
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春の訪問者(その2のつづき)

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さて、一昨日の記事の続きです。約束の時間の少し前に、まず編集者の方がお見えになってしばらくお話していると、それから少し遅れて中田さんが登場されました。車でお越しいただいたんですが、運転手付きっていうところがさすがに私とは違うところ。第一印象は、思っていたよりもずっと背が高いっていうことでしたね。

ご挨拶が終わって、「いやぁ、同じ歳ですかぁ」と話し始めた中田さんですが、まずは自分のご意見をハッキリと提示しておいて、「それについては、どうお考えですか?」とか、「あなたは、そう思ってるんじゃないんですか?」と、矢継ぎ早に責め立てられちゃって、私なんか最初っから最後までタジタジでしたよ(汗)。

対談って言うよりは、ディベート的に私が引きずり込まれていくような感じで(笑)、さすがに政治の第一線で活躍されてきた人は持論の展開に長けているなぁって思いましたね。衆議院議員として、横浜市長として、国会や市議会で論陣を張ってこられた経験が現れているっていうことなんでしょうね。

「まず最初に確認して、すり合わせておかなくっちゃならないのは、純米酒にどのくらい思い入れを持っておられるかっていう点です」中田さんも、信濃鶴に関して全く事前知識なしにお見えになっておられたので、そんな議論のスタートだったんですけど、「ウチは純米酒しか造っておりませんで・・・」っていうあたりからして、ほとんど主義主張の喰い違うことのない話のやり取りができたんじゃないですかね(笑)。

話が進むにつれて、純米酒への思い、地元の美山錦しか使っていないこと、普通酒と同じ値段で地元に提供していること、純米化への長い道のり、3種類しか商品がないことってな具合に話題がつながっていったんですが、信濃鶴の生き様を少しずつ披露する度に、「おぉ、そりゃすごい!」っていう感じに共感してもらえて、私もうれしかったですね。

中田さん自身、完全なる純米酒好きで、純米酒に対して100%の加勢をしてくれてます。世論の先頭に立つタイプの人にそういう先導をしてもらえると、日本酒の復権にもひと役買ってもらえるんじゃないですかね。彼のように「純米酒でなければ日本酒じゃない」とまでは私の口からは言えませんが、純米酒をどう思っているのかは、「私がやっていることを見てください」っていうのが一番いい答えだったように思います。

中田さんが自動車でお見えになるって聞いていたもんだから、てっきりご自分で運転して来ると思ってたんですが、運転手がいたっていうことになると、その心は・・・蔵で飲もうっていうことだったらしいんです(笑)。お土産用のお酒は用意してありましたが、慌てて新酒を飲んでいただいたり、製品を飲み比べていただいたり、バタバタしちゃいました(汗)。

パンフレットを見て、「これとこれが飲み比べてみたい」なんて、遠慮もせずに言ってのけるんですが、全然嫌味がなくって気持ちいんですよね、これが(笑)。さすがに大物っていうか、オーラが違うんでしょうね。そのうちに、ご自分で用意してきた野沢菜をつまみに一杯が始まっちゃって、私も次の予定がなければお付き合いしたかったですね(笑)。

終わってみれば、「なんで純米蔵なのか?」っていう点に質問は集中していたわけなんですが、こんな小さな蔵が投じた一石がどんな風を巻き起こすのか、それは今の私には分かんないんですよね。でも、この風が中田宏っていう人を連れてきたのも、また事実です。風と共にやってきた男は、「今は充電中なんです」と鶴をひとケース大人買いして、夜から会議があるからと、また風と共にに去って行きました。


□□□ 2000ポイントって超高得点でっせ □□□
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コメントブログ

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本当なら、昨日の中田宏さんの記事を続けようと思ってたんですけど、ちょっと今日は電池切れです、スイマセン(汗)。自分のことを書くのならいざ知らず、人のことをブログの記事にする時には、ある程度気合が入っていないとダメなんですよね。今日はそのリキが残っていません。んじゃ、何書くんだよっていうことになりますが・・・。

なんと、この2日間、私は関東方面に出かけていて、とんぼ返りでさっき駒ヶ根に帰ってきたところなんですよ!やっぱしこの時期に2日も蔵を空けると、やらなくっちゃならないこともたくさん残ってるんですよね。かと言って、昼間に時間の余裕も無くって、ブログを書くヒマが全くありませんでした(涙)。

当然、予定されていたことだったわけじゃなくって、ちょっと緊急に行ってこなくっちゃならない用件ができちゃったんですよね(汗)。計画にない突発的な出来事に対処しようとすると、それだけで時間を使っちゃいますから、ブログ用の時間なんて捻出できなくなっちまいます。まぁ、仕方がありませんから、ちょっと流していきましょう(笑)。

緊急で私がブログを書けなかった時に、誰かに代筆してもらうシステムっていうのが出来上がっていたら、とってもいいと思うんですけどねぇ。でも、女房だと何暴露されるか分からないから、絶対にダメです(汗)。他のゴーストライターを雇うっていっても、そんな奇特な人はいないでしょうしねぇ・・・。

今は完全なるプータローになっているサンセールさんなんかは、たまに記事を書くのも刺激になっていいかもしれません。現に最近も、しょっちゅう近況報告メールを書いてくれますが、それだけでもひとつのブログになるくらい笑える内容です(本当!)。しかし、そのうちに何かを始めたら彼もブログも再開するだろうから、先行きが不透明すぎですね。

もうひとつ候補があるとすれば、このブログのコメンテーターさんたちじゃどーですかね。コメントまでしっかりと読んでくれている読者は少ないかもしれませんが、読んでおられる方ならお分かりのとおり、このブログに付くコメントは異様に長いことが多いです(笑)。ブログ本体の文章量に感化されてか、本当に長いコメントをいただくことが多いですね。

それはすなわち、内容もその分深いわけで、コメントだけでブログの記事になるじゃんって思うこともしょっちゅうあるんですよね。まっちーさんやZENさんは毎日コメントくれますし、先日の酒ひろしさんのリーデルの吟醸グラスの開発秘話なんて、そりゃぁ、こんなところで披露したんじゃもったいな過ぎる話でした(汗)。

ですから、そういった時のコメントを寄せ集めて記事にしちゃおうとかって画策してるんですけど、やろうとするとうまくいかないもんです。コメント集みたいにしてみても、内容が統一されてないと、何のことだか分かんないですしね。やっぱり楽をしようとしてもダメなんでしょうかね(涙)。

とか何とか御託を並べているうちに、今日の記事は書き上がりました(笑)。もう、気力が持たなくて、何書いてんだかほとんど分かりませんが、とりあえず今日は寝ます。あ、写真は、時間つぶしのために入った超巨大複合商業施設です。駒ヶ根市がまるごと1個入るくらいデカかったです(汗)。都会は、怖か所じゃぁ・・・。


□□□ 気分転換にはなったかな □□□
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春の訪問者(その2)

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さて、昨日思わせぶりに予告しておいたお客様をご紹介しましょう。その方のお名前は『中田宏』さん。このお名前を聞いただけで、すぐに顔が思い浮かんだ読者はどのくらいおられたでしょうかね。スポーツ選手?歌手?政治家?評論家?作家?まぁ、どこにでもいそうなお名前なので(失礼!)、いろんな候補が挙がったかもしれませんね(笑)。

正解は、前横浜市長の中田宏さん。若い頃から衆議院議員で活躍され、2002年に横浜市長に当選なさって、2期に渡って市政の運営に当たられました。私が非常に印象に深かったのは、市長になった時のインタビューか何かで彼の年齢が出てたんですが、なんと私と同じ歳なんですよね。同じ年月生きてきて、片や酒造りもままならない駆け出し杜氏、片や日本を引っ張る大都市の注目の若手市長・・・。

そりゃ、いろんな事情が重なって今現在があるとしても、あまりに出来が違いすぎて、なんとも自分が不甲斐無い感じがしたものです。まぁ、そんなこと言えば、アメリカのオバマ君なんか私よりも年下ですから、「そもそも、オメーがそんなウツワかよ!」っていうことは重々承知としても、やっぱり別格の存在であることに違いはありません。

なんで、そんな人が長生社のようなちっぽけな蔵にお越しになることになったかって言うと、私は今回初めて知ったんですが(重ねて失礼!)、Japanist(ジャパニスト)っていう雑誌があって、何と言えばいいのか、その雑誌の主役が中田さんっていう様な位置付けになっていて、その中にある純米酒を訪ねて各地の蔵元と対談するっていうコーナーの取材っていうことだったんです。

編集者の方が、純米酒に力を入れている蔵を調べてアポを取っているのかと思いきや、この雑誌の前号の訪問蔵である銘酒『澤姫』を醸すヤンチャ杜氏・・・彼もまた専務の肩書きを持っています・・・このI君からの紹介っていうことだったらしいですね。懇意にしている実力ある若手杜氏ですが、私の名前なんか出さなくてもと、お話を受けた時には面食らっちゃいましたよ(汗)。

ちなみに、彼は昨年のIWC(世界的なワインコンクール)の日本酒の部門で、日本最高賞を受賞した男です。日本最高っていうことは、すなわち世界一っていうことですから、彼の名前は一躍世界に広まることになったでしょうね。蔵の中の吟醸酒は、全てあっという間に売り切れたとか。八面六臂の活躍をしている男は違いますなぁ・・・閑話休題。

あまり先入観なくお話した方が面白いだろうと思って、中田さんの政治信条等々は事前に調べることはしませんでしたが、いったいどんな向きの対談になるのかは全く見当もつかなくて、当日は幾分ソワソワとした気持ちでお待ちしていました。目の前に現れた、中田氏本人は、背が高くてスタイルが良く、滑舌よく自分の意見にぐいぐいと人を引っ張っていく、さすが政治の第一線にいたと思わせるナイスガイでした。

「純米酒でなくっちゃ日本酒じゃない」とまで言い切る中田さんは大の純米酒ファンで、「日本酒の復権は純米酒から」って言う持論の持ち主でした。そもそも、この雑誌の謳い文句が「日本を知ることで、日本人としての誇りを醸成する」っていうんですから、日本酒のことももっと深く理解して欲しいっていう中田さんの願いが、このコーナーには込められているようでしたね・・・(つづく)。


□□□ 大物の記事は一日に収まりません □□□
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