専務取締役杜氏の純米酒ブログ

期せずして杜氏になっちまった造り酒屋後継ぎの純米蔵奮闘記

女は強し

昨日、B先生の追悼ブログを書いていて、ふと、「オレだったらそんなわけにはいかんだろうなぁ」と思わされた人たちのことが頭をよぎりました。自分や、自分に近い人の病気や死別に負けずに強く生きている、そんな人たちのことです。それは、全て女性でしたね。やっぱり、男より女の方が強いに違いないと実感させられたような経験でした。

「私、ガンなんですよ。もういろんなところに転移しちゃって、どうしようもないんです」と、突然、私にサラリと言ってのけた彼女。商売上のお付き合いがある女性で、数年前からお世話になっていましたが、もうその頃から病に蝕まれていたそうです。仕事の話が途切れた時に、まるで日常会話のように話してくれました。

言われてみると、そういい顔色とは思えません。でも、この何年間ずっと変わらない感じで接してくれてましたから、私とすればビックリこの上ないわけです。自分の容体や、治療の様子など笑いながら話してくれましたが、私だったらあれほど屈託なくしゃべれる内容じゃないな。病気のレベルがどのあたりなのかは分かりませんが、新しい治療法が調子がいいっておっしゃってましたから、ぜひとも頑張ってほしいものです。

「先日、主人をガンで亡くしまして」と、飲み会の席で酔いが醒めるようなことを言い出した彼女。以前、私にあるメディアの取材をしてくれたことのあった、礼儀正しい女性でした。話を聞くと、私に取材してくれた頃が旦那さんも一番大変な時期で、仕事どころじゃなかったとか。看病と仕事の両立は、きっと大変なことだったんでしょう。

しかし、今から思い返してみても、そんな態度はおくびにも出さずに、私のことを思いやって接してくれてました。私としては、プロと仕事をさせてもらっている気分でしたし、そんな状況にあるなんて想像しようにもできませんでした。女房がそんな状態だったとすれば、私だったら仕事なんか手につかないんじゃないかな。悲しみが癒えることはないんでしょうけど、これからもいい仕事をしてほしいです。

「ようやく、退院してきたんやー」と、電話口の彼女。いつも元気はつらつなもんだから、とてもどこかに病気を持っているとは思えませんでした。彼女の場合は命に別条があるっていうことではないので安心はしていましたが、それでも、それなりの期間入院していたっていうことは、それなりの病状ではあったっていうことなんでしょう。

いつもに比べると、ちょっと大人しい声ではありましたが、もう大丈夫っていうレベルらしいので、早く元気になって、また以前のように一緒に一杯やりたいな。病気がちに見えないような人のそんな姿にはとても意外な感じを受けましたが、彼女にはまたすぐに仕事に復帰してもらって、これまで通りに活躍してもらわなくっちゃなりません。何せ、我らが姉貴ですからね・・・。

何で、彼女たちがそんなことを話してくれたのか分かりませんが、そんな話を聞くにつけ、女性の健気さを感じないわけにはいきません。でも、その健気さの裏にはもっとしっかりとした女性の強さがあることも同時に実感しました。私にはあの強さはないでしょう。自分の弱さに力を得て生きている、それが女性なのかもしれませんね。

》》》》》》》》》》 【姉貴の復活ブログ!おかえりー!】


□□□ チト重いブログが続きました(汗) □□□
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巨星墜つ(つづき)

B先生にとっては私も可愛い教え子のうちのひとりだったようで、私が杜氏になった直後はとても気を使っていただきました。初期の頃の私のお酒には、あれやこれやと様々なアドバイスをいただきました。それでも、数年後には「うーん、岳ちゃん、段々と良くなってきたねぇ!」と言われて、とてもうれしかったことを覚えています。その頃に、私もようやく各種の鑑評会で金賞が取れるようになってきたんですよね。

信濃鶴を純米化した時にも、とても心配してくれました。「何とか、業界のためにも、そういう方向での成功例を作ってみてほしいんだよねぇ」と、立場上明言はされなかったものの、陰ながらエールを送ってくれて、その後もよく気遣ってくれましたね。純米酒の酒質については、なぜか最初のうちから「柔らかく仕上げたなぁ、これでいきなよ」と背中を押してくれました。

信濃鶴のお燗についてクレームが出た時にも、わざわざ蔵から鶴を持っていってご自分で試してみてくれました。信濃鶴の香りと酸の関係などを指摘してくれたものの、「私も自信がないから、自分でお燗して飲んでみなくっちゃ」とテストしてくれたんです。お酒好きの先生だからこそ、これまでと少し毛色の変わったお酒に対する評価には慎重だったんだと思います。

私としても迷いがないわけではありませんから、先生に何を言われるかドキドキしながら待っていましたが、数日後に電話をいただいて、「これが岳志流ってことでいいじゃないか」と、安易な方向転換には反対してくれました。もしかしたら、飲兵衛の先生にとっては心底美味しいと思う味とは違っても、新しい芽を伸ばそうとしていてくれたのかもしれません。

そんな中で、純米吟醸による鑑評会への出品については、かなり厳しいやりとりもありましたね。「飲むにはいいが、金賞からは程遠いな」、「同じことの繰り返しじゃぁ、いつまで経っても金は取れやしないぞ」、「おっ、ようやく近くなってきたかな・・・」と、まぐれにしても金賞にたどり着くまでは、私の考えもぶつけながら、お互いの意見を闘わせた間柄でもありました。

最初のうちは、「金賞は会社の宣伝だと割り切って、出品酒だけはアル添でいけばいいじゃないか」と言われていましたが、そのうちに「勝手にやれ」と、私の石頭ぶりにさじを投げた様子でしたね。最初に地元産美山錦の純米大吟醸で出品した時には、先生ですら「それじゃ、絶対に金賞は取れない」とおっしゃってましたからね。

最近では、出品酒の勉強会なんかで「うほー、こりゃいいなぁ」と、目を細めながら信濃鶴の利き酒をしてくれているだけで、外での評価にかかわらず、今年の出来もまぁまぁかなと思うようになりましたね。今となっては、純米吟醸で取れた金賞を先生に喜んでもらえたことが、ささやかなはなむけになったことを望むだけです。

長野県の酒造業界にとっては大きな心のよりどころをなくしてしまいましたが、私たちとしても先生の遺志を継いで、日本酒の明るい未来を築く努力を続けていく覚悟です。先生、長い間ありがとうございました。心よりご冥福をお祈りいたします。どうか、安らかにお眠りください。


□□□ 先生の分も頑張ります □□□
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巨星墜つ

今月22日に、長野県の酒造業界に多大な貢献をされたB先生が、突然お亡くなりになりました。享年73歳のちょっとばかり若い旅立ちでした。翌々日の24日が長野県清酒品評会の公開日でしたから、長野県じゅうから集まった蔵元や杜氏さんたちはみな沈痛な面持ちで、公開の会場もさながらお通夜のような雰囲気ですらありました。

前日まで醸造関係者といつものようにお酒をお飲みになって、上機嫌で帰宅されたということですが、翌朝には冷たくなっておられたということで、正に青天の霹靂のような衝撃が関係者に走りました。でも、みんなが集まる公開の日をお通夜に選ぶなんて、先生らしい。ピンピンコロリのうらやましい最期だったのかもしれません。

明朗闊達な気性の先生でしたね。歯に衣着せぬ口ぶりも気持ち良くて、自分の酒をいくらこき下ろされても腹が立つことはありませんでした。長野県工業試験場の場長として、長年県内の酒造業界を引っ張って来られた功績は、それに比する人物を見つけるのが難しいくらいでしょう。県外の方には、『アルプス酵母』の生みの親と言えば分かり易いでしょうかね。

定年後も顧問という形で酒造業界に残って、長いこと県内の蔵の指導を続けていただきました。「続けていただきました」と言うより、「続けていただいている途中でした」と言った方が正確ですね。県内産清酒の品質向上のために傾けた情熱は、当の我々酒造メーカーよりも熱かったと言っても過言じゃないでしょう。

長生社も毎年巡回指導をしていただいて、お酒造りの要所要所をチェックしてもらってました。私個人としては、今から10年以上も前に、県が開催していた『100日講座』という蔵人養成講座に通っていた時に一番お世話になりましたね。3年間のうちの100日をかけて酒造技能士を養成するこの講座は、B先生が学長というような位置付けだったんですよね。

そういう意味では、先生は私の数少ない酒造りの師匠のうちのひとりだったと言えるでしょう。実際の現場は前任杜氏から、その裏付けになる理論はB先生から教わったっていう感じですかね。私以外にも先生の薫陶を受けた業界の若手は多くて、今現在の長野県の酒質は先生のDNAによって造り出されていると言ってもいいかもしれません。

かつて全国新酒鑑評会で、長野県が全国一の金賞受賞数を誇った時には、先生が開発したアルプス酵母が大活躍をしました。酵母の性能もさることながら、その酵母に合った原料処理、麹の造り方、仕込み方法に至るまで、先生の強力なリーダーシップの下で県内蔵元が一丸となって、長野県発の吟醸造りをアピールできた年でもありました。

まだまだ、先生については語り尽くせない部分があります。長くなりそうなので、今日はこの辺にして、また明日続きを書きたいと思います。


□□□ 書いているうちに悲しくなってきました □□□
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駒ケ根高原マラソン

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これも毎年のご報告ブログになりますね。本日、日曜日に恒例の『駒ケ根高原マラソン』が、読んで字のごとく駒ケ根高原を舞台に開催されました。これもまた毎年のことですが、私も観光協会の会員のひとりとして、前日の土曜日から準備や何やらでお手伝いをしてきました。慣れた仕事ではあるので、気分的には楽でしたね。

今年の参加者は3300人ほどだったそうです。昨年よりは若干少なめだそうですが、これは、申込期限を過ぎた方を全てお断りをした結果だそうで、高原マラソンの人気自体はこれまで通りに高そうです。マラソン人口っていうのが増加しているのかどうかは分かりませんが、かくも大勢の人が興じるんだから、走る人にとっては大きな魅力があるんでしょうねぇ。

当日の駒ケ根の朝の天気は、今年最高っていうくらいの快晴でした。朝6時半に高原に向かうスタッフ用のバスの中からは雲は一つも見えませんでしたし、山頂から少しずつ赤味がかかってきた中央アルプスの紅葉の様子もハッキリと確認することができました。今日走った選手の皆さんは、最高の駒ケ根高原を感じることができたんじゃないですかね。

最も長いコースが15キロですから、午前10時からのスタートでも、午前中のうちに全てのプログラムが終了してしまうくらいです。そんな大会でも、主催者サイドの準備等は大変なことだと思います。3300人に手渡す資料やら参加賞を、前日までに個々に袋に入れて準備するんですよ。ゼッケンや、参加賞のTシャツのサイズや、お楽しみ抽選会のカードなんか全ての選手で違うわけですからねぇ(汗)。

そう言えば、今回の大会参加者名簿にミスがあって、その正誤表を全ての袋の中に前日に入れたんです。それだけだって相当な作業でしたよ(涙)。人数がたくさんいたからできたようなものの、そうでなかったら本当に泣いてたでしょう。そんなことだけを考えても、大会運営の大変さが身にしみてわかりましたね。

東京マラソンってあるじゃないですか。あれは、いつもだったら走ることもできない都心の名所を自分の足で走って回れると考えれば、とっても面白い観光だとも考えることができますよね。それと同じに、駒ケ根高原の涼しくてきれいな空気の中を、山懐の緑に包まれて走り抜けるっていうのも、通常のマラソンと違った楽しみ方なのかもしれません。

ただし、その楽しみを享受するためには自分の足で走らなくっちゃならないわけで、その苦労と引き換えじゃないとそれが得られないっていうのは、何か人生の教訓めいたものも感じないわけじゃありません(笑)。まぁ、私の場合には、どんなに頼まれても、あんな山道を必死で走るつもりにはなりませんけどね(汗)。

スタート前の受け付けが終了したら、ゴール後の選手の皆さんのお世話をするんですけど、選手の皆さんは苦しそうな中にも、どこか爽快感をまとった顔で帰ってきます。走りたくはない私にも、「きっと、気持ち良かったんだろうなぁ」ってことはよーく分かりますね。そこだけなら私も感じたいんだけど、走るのは・・・やっぱりイヤです(笑)。

土曜日には、前夜祭が行われるんです。そこでは、様々なアトラクションの合間に、南信州ビールと信濃鶴の樽酒が選手の皆さんに振舞われます。それほどの参加者ではありませんが、毎年ビール120リッターと、日本酒72リッターが見る見るうちになくなるんです。マラソンランナーってお酒好きが多いんですかねぇ。その後、近くの地ビールレストランで出合った参加予定の女性グループにも、「あのお酒は美味しかったですー!」と、私もヒーロー扱いしてもらいました(笑)。


□□□ 写真はみんなで準備運動中のところ □□□
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長野県清酒品評会

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ご報告です。本年度の秋の『長野県清酒品評会』で、昨年に引き続き、信濃鶴は金賞をいただくことができましたよ!この品評会の中では知事賞っていう名前になっているんですけど、一般の皆さんには金賞と言った方が通りがいいので、そう言っておくことにしますね。長野県が主催者という立場なので、県知事の名前で表彰状をいただくんです。

この賞状をいただく時には、妙に県政を意識したりするんですよね。どういうことかって言うと、賞状の最後に県知事の名前が大きく書いてありますから、「あぁ、今はこの人が知事さんなんだなぁ」って再認識するんです。一躍時の人になった田中康夫さん、その後の対立候補として当選した村井仁さん、そしてつい先ごろ知事になったばかりの阿部守一さんと、私も結構歴代知事さんのコレクションを持ってますよ(笑)。

閑話休題。信濃鶴が関係する日本酒の公的なコンテストというと、春の『全国新酒鑑評会』、秋の『関東信越国税局酒類鑑評会』、同じく秋の『長野県清酒品評会』の3つになります。関東信越国税局はまだこれから開催になるんですが、今年はこの3つの中の2つの金賞をゲットできているわけですから、純米化してからの成績とすると、これまでで最高レベルっていうことになりますね。

幸運にも2年連続の受賞になりましたけど、純米大吟での出品にしてからはトンと県の金賞からは遠ざかっていましたから、私としてもそう何回もいただいている賞じゃありません。この品評会だけは、ちゃんとした表彰式を開いてくれて、受賞したお蔵の杜氏さんひとりひとりに賞状を手渡してくれますから、何となく実感が違ったりするんですけどね(笑)。

表彰式の後は、出品された全てのお酒を並べて、みんなで聞き酒をする一般公開になります。ひと蔵から3点まで出品できますから、そのうちのどのお酒の評価が良かったのかを飲み比べて、これから開催される関東信越局の出品酒をどれにするのかをここで決めるわけです。県の食品技術の先生や、他の蔵の杜氏さんたちにも味わってもらって意見を聞くんです。

私も3点のお酒を出したんですが、自分が一番いい成績だろうと思っていたお酒が、何と一番悪い評価でした(汗)。それが、写真の一番右のヤツです。ビンの首に緑のシールが貼ってある2本は金賞レベルの評価っていうことを表していて、知事賞の首かけがかかっている方がより成績優秀だった方っていうわけです。

審査員と自分の評価基準は違いますし、そのお酒の素性を一番よく知っているのは自分なわけですから自分の評価の方が正しいと思いがちですが、よくしたもんで、やっぱりその場に並べて他のお酒と利き比べてみると、多くの審査員の総合評価の方がこちらも納得のできる場合の方が多いですね。

これは、蔵から出した時と現時点ではお酒の熟度的なものが違ってきているのかもしれないし、他との比較っていう視点からそうなるのかもしれないし、その時の気温に左右されているのかもしれません。いずれにしても、今回の結果を重視して、最後に控えた局の鑑評会に出品する1点を決めることになると思います。

さー、局でも金賞とっちゃったらどーしよーかなー。純米で三冠王なんてカッコいいなー。でも、突然三冠王っていうのも何か味気ない気がするよなー。それに、苦労した経験がないと物語にならないしなー。やっぱし、吟醸売り切れたら困だろうなー・・・とらぬ狸の皮算用で、これからしばらく楽しめますな(笑笑笑)。


□□□ ブログランキングで1位になったらどーしよーかなー(笑) □□□
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南信州酒メッセ

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『長野の酒メッセ』っていうイベントはこのブログにもよく登場しますが、これは長野県酒造組合が主催するもので、春に東京で、秋に長野市で開催されています。これとは別に、『南信州酒メッセ』なるイベントが存在するんです。これは、飯田市の酒販店さんが中心になって開催している、長野の酒メッセよりは小規模な試飲会のことで、今年は秋分の日の休日に開かれました。

飯田市は長野県の南部に位置していて、北部にある長野市とは対極にあるっていう感じです。名古屋に近いって言えば分かり易いですかね。その飯田市の意識ある酒販店の皆さんが、長野市で行うような試飲会を、是非とも地元でもやってみたいと昨年から始められて、今年で2回目の開催になるんです。

本当だったら、長野の酒メッセを飯田市でもやってほしいっていうのが、今回の主催者の皆さんの気持ちなのかもしれません。県内清酒をなんとか盛り上げたいという強い願望を、いつも私たちに語ってくれる方たちばかりですからね。しかし、我々酒造組合としても、今のところその余裕がありませんから、ありがたくこの企画に参加させていただいているっていうのが現状です(汗)。

その意識の現れもあって、16場の参加蔵元は広く長野県全体から集められていましたね。信濃鶴も毎年呼んでいただいて、飯田の皆さんにPRさせてもらってます。今年は、それに加えて、参加者向けに私にお酒造りの話をしろと命令が下ったので、短い時間でしたが、別会場で基本的な部分のお話をさせていただきました。あんまり上手くはしゃべれませんでしたが、予想以上のお客さんの入りだったようですね。

40分間で、お酒造り全般について話すっていうのは難しいんだな、これが(汗)。どういう相手にどういう切り口でどういうレベルの内容を伝えるのか、なかなか把握しきれませんから、どうしても当たり障りのない一般論になっちゃいますが、前日に発見した『誉田別尊』の話だけはしておきました(笑)。受けが良かったとは思えませんが・・・(汗)。

会場は、リンゴで有名な並木通りにある『テッシン』さん。お店をいっぱいに使っても、16蔵のブースが入るもんだから、お客さんが多くなると結構スシ詰め状態に(汗)。それでも、予定の人数はクリアできたみたいですし、皆さんに楽しんでいただけたんじゃないでしょうか。これを機に、信州のお酒の魅力を発見したっていう人がひとりでも増えるとうれしいですね。

第1部の試飲会が終了した後は、第2部の蔵元を囲む会に突入です。ここでは私たちも、事前予約いただいたお客さんたちと一緒に飲んだり食べたりして、楽しい時間を過ごさせていただきました。初対面の方からもいろんな質問を受けたりして、酔い酔いになりながらも日本酒の普及活動に励みましたよ(笑)。更に3次会で、お気に入りの『上海楼』でラーメンを食べて、楽しい飯田の夜はふけていきましたとさ。


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大発見

とあるところで、お酒に関する講演会を依頼されていたんです。それについては、また明日記事にするとして、お酒についてのごく一般的な内容っていうことで、そんな話の冒頭では日本酒の歴史なんていう話題になるわけで、そんなことも頭にありながらブロ友のブログチェックをしていると、とってもとってもタイムリーな記事を発見。

それは、isuzuさんのブログでした。日本酒の起源についてはよく話題に上るところですが、歴史上で日本の酒について書物に著されたところによれば、古くは中国の魏志倭人伝にも記述があるようですが、日本の書物となるとやっぱり古事記とかになってくるわけです。古事記シリーズは、現在isuzuさんのブログの柱になっているシリーズですよね。

そこに、須須許理(すすこり)という人物が登場します。彼は朝鮮半島からやってきた職人集団の中のひとりらしいんですが、お酒造りの技術を日本に伝えたということで、お酒に関する書物にもよく出てきて、私も以前から名前だけは知っていました。確か、どこかのメーカーさんでは同名の銘柄のお酒を造っておられたと思います。

その職人集団が日本にやってきたのは、15代の応神天皇の時代。調べてみると、270年から310年までの間だったようです。まぁ、こんな時代の人たちは実在したかどうかも定かでない場合もあるでしょうし、天皇と神様の境界もあやふやな時代ですよね(笑)。応神天皇が酔っ払った時の逸話もisuzuさんのブログに書いてあって、興味深く読ませてもらいました。

いずれにしても、その頃には日本にもれっきとした酒はあったようですし、大陸からの技術移転もあって、日本酒文化も確固たるものになっていった時代だったのかもしれません。それに、応神天皇っていう人はかなりの酒好きで、酔っ払っては歌を歌っていたような人物だったっていうことも分かりました(笑)。

と、ここで、ハタと目に留まったのが応神天皇の実名というか別名というか本名というか・・・その辺はよく分からないのでisuzuさんに聞いてください(汗)・・・その名前が『誉田別尊(ほむたわけのみこと)』だと。「あれ、これどっかで見たことのあるような名前だなぁ」と思ったわけです。

このブログの9月20日の記事を見てください。そこに載っている写真にある灯篭に書いてある名前、何と『誉田別命』とあるじゃないですか!つまり、私が氏子になっている、この大御食神社(おおみけじんじゃ)にまつられている神様のうちのひとり!どうやら、日本武尊(やまとたけるのみこと)の孫に当たる人のようですね。

こりゃ、私にとっては大発見です。一気にこの神社への親近感も増しましたね(笑)。あの須須許理がやってきた時代の酒好きの天皇がまつられているとなれば、信濃鶴にそのご加護がないわきゃありません。歴史も鶴を応援してくれてるっていうことは、心強いことですよね。ただし、ここで私が書いたこは、素人の推測の域を脱していません(汗)。本当かどうかは、isuzuさんに確認してもらいましょうかね・・・。

》》》》》》》》》》 【isuzuさんのブログ『海を渡ってきた職人達』】


□□□ 今日この話をしてきます □□□
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夏の終わり

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明日あたりから(この記事の公開日付でいえば今日ですね)、グッと気温が下がってくるなんて天気予報で言ってましたから、夏の間に撮り溜めて、結局使わなかった暑そうな空の写真をここで放出してしまいましょう(笑)。あんまり季節はずれな写真を使っても、何となく気分が乗らない記事になっちゃうかもしれませんからね。

今年の春に携帯電話を新調したんですけど、カメラの機能としては当然新しい方が高いわけで、ブログ用に撮る写真もさぞやきれいになるかと思いきや、それほど変わりませんでしたね(汗)。きっときれいにはなってるはずなんでしょうが、私の腕のせいもあるだろうし、画面サイズをかなり小さくしているせいもあるのかもしれません。

それでも、空の写真は良くなったような気がするんです。だから、パチパチ撮って余分に空の写真が残っちゃってるのかな(笑)。何と言うか、青色が濃く出るのと、空が広く写せるような気がするんですよね。そんなつもりで、先日、この携帯の広告記事を見ていたら、やっぱりレンズが少しだけ広角になっているらしいです。

その程度がどれほどのものか私には分かりませんが、以前の機種よりも広い感じの空になるのは確かで、この夏の異常な猛暑の空がよく被写体になったっていうことでしょう。レンズが少し変わっただけで写り方も違ってくるんだから、カメラの使い方の勉強をすれば、写真を趣味にするのも面白いんでしょうねぇ。

最初の2枚は中央アルプス方面を撮ってるんですけど、私の感覚から言うと、この夏は晴天は多かったんでしょうが、中央アルプスがカラッと見えた日が少なかった気がするんですよね。真上の空は真っ青なんだけど、西の方に目を向けると山が雲で覆われているような日ばっかりだった印象です。

何で、そんな印象を持ったかって言うと、このブログにも中央アルプスの写真を載せて、夏の観光シーズンをアピールしようと思っていたのに、ついぞそれに見合う光景に出合えなかった悔しさからだと思います(汗)。夏ってそんなもんだったかなぁ。それとも、たまたまそういうつもりの時に曇っていただけなのか・・・。

頂上付近が雲の上に出ていればいいんですけど、そういう天気の時には駒ケ岳ロープウェイで山の上まで行っても、雲の中を進むだけで、チト残念だったりするんですよね。でも、きっとこれからの秋の紅葉シーズンにはきれいな景色が堪能できると思いますから、この記事を読んで、駒ケ根に遊びに来るのを止めたりしないでくださいね(笑)。

もうひとつ特徴的だったのは、駒ケ根から見て北の方向に当る、箕輪とか辰野あたりにとっても大きな積乱雲がよく見られたことです。4、5枚目の写真になります。私も1度経験しましたが、ゲリラ豪雨みたいな感じで前が見えないくらいの夕立になるんですよ。そこに住んでいる人も、今年はそんなのが多かったって言ってましたから、同じような場所に似たような雲を見ると、また降ってるのかなぁなんて思ってました。

そんなことは、きっとそれほど気にするような兆候じゃないんでしょう。「観測史上最高の猛暑」も、自然の振り子が大きく振れただけだと思いたいですね。そんな言葉が毎年聞かれるようになっちゃったら、日本はあっという間に熱帯地方でっせ(汗)。これからはスッキリと涼しくなってもらって、例年通りの酒造りに入りたいなぁ。


□□□ こちらもスッキリひと押し! □□□
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マルコメ味噌(おわり)

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結局、4回シリーズになってしまったマルコメさんの企業訪問記事です(汗)。これまでの3回でもそれなりに興味深い内容があったと思いますが、私がこの日最も心震わせたのは、実は、そういうことじゃなかったんです。本当は、そのことだけをブログには書こうと思ってたんですが、何となくここまできちゃいました(笑)。

私たちが会社にうかがった時、見学者用のホールに通されて、最初にご挨拶をいただいたのがこの会社の会長さんでした。本来ならば社長さんがお見えになるところ、所用で挨拶ができないからと、私たちのような若僧相手に、ご丁寧にもお話をいただきました。見ていると、他の社員の皆さんの扱いも格上の印象。

杖をついてゆっくりと壇上に登り、ゆっくりとお話になる様子は、正にご老人風でした。齢86歳ということで、年齢より若く見えるとか老けて見えるとかいうこともなく、外見的にはどこにでもいる普通のお年寄りといった感じなんです。私だったら、もう人前に出ることはないんじゃないかと思ったくらい。

今から考えると、お話しいただいた内容はこれと言って特別な内容ではありませんでした。ここまでマルコメさんの素晴らしさばかりを書いてきましたが、日本酒業界ほどではないにしても、味噌業界も消費不振であるとのこと。食の西洋化が進み、和食のパイは縮まってくるばかり。味噌の国内販売量は減少傾向なんだそうです。

程度の差こそあれ、日本古来の食文化っていうものは、メインストリームからは外れた存在になりつつあるのかもしれません。ことに、醤油、味噌、酒といった日本特有の醸造物は、悲しいことではありますが、押し並べて衰退の道をたどっているようです。たぶんなくなることはないんでしょうけど、もう伸びる芽はないっていうジレンマなわけです。

ところが、見方を変えれば、地球はますます小さくなって、グローバリゼーションの荒波にもまれない場所はもはや地上にはないわけで、世界へ向けた和食の潮流は確実に広がりを見せているはずです。「これは、海外に打って出る他はない」というのは、日本一の味噌メーカーとすれば当然の帰結であるかもしれません。

ところが、会長さんは、規模的にはゾウとネズミほども違う私たちのような極小企業の若僧に、同じ醸造業会の先達として「日本の食文化を一緒に海外に広めましょう」とおっしゃるわけです。決して滑舌が良いわけじゃない、口ごもりながらの言葉の中に、その強い意志を感じました。「ぜひとも、勇気を持って挑戦してほしい」と。

何で私たちのような現役バリバリの世代が、あんなじいさん(失礼!)にハッパをかけられなくっちゃならないのか、情けなくなりましたよ。若者がやり過ぎて、それを年長者が押さえるっていうんならまだしもね。あの歳にして、あの気概、あの精神力、あの向上心。どこにでもいそうなお年寄りの中身はモンスターのようでした。

あの会長さんがこの会社の精神的な支柱になっておられるのは間違いないでしょう。「体は弱くなってしまいましたが、会社の方向性だけはこれからも見ていきたいと思います」とおっしゃる、それこそが経営者の役割だと思います。やはり、トップに大義がないと企業は成長しないんだと実感しましたね。私も、少しはそのおすそ分けをもらえた気が・・・。


□□□ これにてマルコメシリーズ終了! □□□
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金賞受賞を祝う会

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既に、駒ケ根ブロガーの間では話題になっていますが、私としてもそろそろ記事にしておかなくっちゃなりません。この春に全国新酒鑑評会で信濃鶴が金賞を受賞したお祝いを、駒ケ根の人たちがやってくれることになりました。長生社からお願いしたわけでもないのに、そういうお話がいただけることは本当にうれしいことですし、感謝の気持ちでいっぱいです。

私の前任の杜氏が、立て続けに6回の全国金賞を取っていた頃には、こういう会をやっていただいたこともありました。それ以後、私が杜氏役をやるようになってからは、全国金賞もそれほど連続で取れるわけではなくなってしまいましたし、純米化以降はしばらく金賞から遠ざかっていましたから、こんな会を開いていただく機会がありませんでした(汗)。

この会を主催してくれる実行委員のメンバーは、当然信濃鶴に近い人たち、つまりは私の友人がそのほとんどですが、手弁当で会議を開いて、会場を準備して、人集めもしてと、長生社がやろうとすればとてつもなく労力がかかるであろうことを、無償でやってくれています。うれしいじゃないですか、いい仲間を持って私は幸せです。

でも、もしかしたら、会議と称して体のいい飲み会の言い訳にしているのかもしれないし、最近の受賞の様子を見て、こりゃ本当にたまにしか岳志には金賞なんか取れなさそうだから、今年受賞したんなら、できる時にお祝いをやっちまわないと、この次はいつ取れるかわからんぞ・・・ということに気が付いたのかもしれないんですけどね(笑)。

それに報いる私の思いは「信濃鶴はこの地元のために造っているんだ」という、揺るぎない一念だけです。地元の酒を、地元の米と水だけを原料にして造り上げて、いつも飲んでいただける価格で提供する。それが純米酒だなんて知らなくてもいい。地元のものを飲んでいたら、それは本物だった。地元で生み出されるものって、やっぱり素晴らしいんだと。

『日本一純米酒を飲んでいるまちプロジェクト(笑)』は、現実の諸事情で思うようには進みませんが、他からのお酒がたくさん入って来ているにしても、この小さなまちで信濃鶴の純米酒が相当量飲まれているわけですから、日本一に限りなく近いところにはいると思うんですよ。全く推測の域を出ませんけどね(笑)。

日時は10月22日午後7時より、場所は駒ケ根のグリーンホテル、会費は5000円です。会場のキャパが130人くらいだそうです。それほど集まるかどうかは分かりませんが、もし参加ご希望の方があれば、早めに越百のえっちゃんまで連絡してください。県外からもブロ友の皆さんの申し込みが来ているようですから、駒ケ根ブロガーも交えてちょっとしたオフ会になるかもしれませんね。

当日は、信濃鶴の数少ない(笑)商品アイテムの中から、受賞大吟醸と特別純米が用意される予定です。特別なアトラクションはないと思いますが、あの面子が考えることですから、何が飛び出すのか分からない部分もあります(汗)。私も皆さんといろいろお話しできるのを楽しみにして、この会を待ちたいと思います。当日は寝ないように気をつけないと(笑)。


□□□ 越百には6時以降に電話してね! □□□
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終了終了終了

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お祭りが終わって、脱け殻状態の岳志です。日曜日にお練りがあって、敬老の日で連休になっている月曜日は、午前中に前日の片付けを終えて、残りの半日はフワフワと何も頭に入らない浮遊感に浸っています。下手をすると、このブログの更新すら忘れちゃいそうでしたが、今思い出して書き始めました(汗)。

朝4時半に家を出てから、夕方の7時に神社へのお練り込みが完了するまではずっとテンパり続けて、それから夜中の12時半に家に帰ってくるまではずっと飲み続けて、どうやって家に帰ったのかは全く覚えていません。12時半っていうのは、女房や娘の証言からの推測です(笑)。

お練り自体は、全く問題なく進行してくれました。これは、進行係の誘導が良かったっていうよりも、行列参加者の皆さんのご協力によるものが大きかったでしょう。一部のパートが間延びしちゃったり、先に進み過ぎちゃったりすることもなく、ほとんど時間通りに行列を進めることができて、進行係とすれば満足いく結果だったと言えますね。

行列全体を見渡しながら一日練り歩いてみて、もしエキストラ1000人を雇って、その日のための練習を一ヶ月やって、一日映画のロケをしたら、一体いくらかかるんだろうと思っちゃいましたね。そこに、今の経済の原則では推し量れない大きな流れを実感しましたし、この一ヶ月で費やした自分の時間の重さをしっかりと受け止められましたよ。神様ってスゲーんだなぁってね。

一緒に苦労してくれた進行係30名と話をしてみると、このお祭りのクライマックスの、獅子頭の神社への奉納を見たことのない人がとても多かったのは少し驚きでした。これを見ずして、このお祭りを理解したことにはなりません。私もそこだけは境内まで見に行こうと思っていたんですけど、進行車両の留守番を引き受けて、他のみんなを見せに行かせました。本当は、ブログの〆の写真はそれにするつもりだったんですけどね(涙)。

みんな、感動覚めやらぬ顔で帰ってきて「ありゃぁ、凄いわ」と、口々に感激の雄叫びを上げていましたよ。それを見せてあげられたのも、進行係のまとめ役としては、一緒に一日働いてくれたみんなにいい思い出を持って帰ってもらえて、うれしい気分でした。あれがあるから、次回もお祭りに参加しようと思えるんですよねぇ。

その進行係の中に、飛び切りの美人が一人。年齢も若いし、私が選択的に彼女に声をかけると、きっとエロオヤジの浮名を得るだろうとずっと控えていたんですが、名前を見ると『acb』とあるじゃないですか。そう言えば、一度ブログ師匠のacbさんのお宅に届け物をした時におられた娘さんに似ているような・・・。

「acbさんって、天竜精機のacbさん?」って聞いてみると、やっぱしその通り(汗)。その容姿といい、受け答えの素直さといい、どうしてあの親父からこんなのが出てきたのかと思わざるを得ませんでしたね(笑)。実は、acbさんの末の娘さんも浦安の舞として、行列の中の私のすぐ後ろで舞っていたという事も判明(汗)。「お前は、あの男から逃れられんぞよ」と神様が言ってるのかも・・・(涙)。

まぁ、それ以外は想定内のハプニングで収まりましたし、私としても何とか役割をこなせて、この充実した1ヶ月を終えることができました。でも、ボケっとするのも今日一日です。明日からは、「お祭りが終わったらね・・・」と先延ばしにしてきた仕事が待っています(汗)。早いこと片付けて、今年の酒造りに突入する準備をしなくっちゃ。きっと、神様のご加護があって、いい酒になると思うんですけどね(笑)。


□□□ ランキングにもご加護を! □□□
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お祭りお祭りお祭り

待ちに待った、大御食神社(おおみけじんじゃ)のお祭りの日がやってきました。朝早くから休む間もありませんが、なるべくリアルタイムに写真をアップしてみようと考えてます・・・もしかしたら、不可能かも(汗)。この下に写真が載る予定ですから、ぜひ、行列に参加しているつもりになってみてくださいね!!!さて、できるかなぁ・・・。


なお、以下の記事は後で再編集しますから、
コメントを入れていただいても消えてしまいます。
コメントは、再編集後に頂戴できればと思いますので、
よろしくお願いします!
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05:41 準備開始なう
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06:06 鏡開きなう
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06:25 浦安の舞の女の子なう
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07:05 朝から振舞い酒なう
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07:08 金太郎なう
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07:15 出発直前なう
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07:24 りらちゃんなう
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07:46 準備万端なう
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08:02 出発しましたなう
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08:39 国道渡ってますなう
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08:45 獅子も渡ってますなう
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08:55 小休止中なう
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09:56 大休憩中なう
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10:12 ひょっとこなう
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10:39 稚児行列なう
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10:43 榊持ちの女の子なう
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11:18 広小路なう
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11:24 獅子が練ってるなう
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12:08 獅子の中身なう
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14:26 午後は暑いなう
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17:08 クライマックス直前なう
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17:51 クライマックス1なう
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17:51 クライマックス2なう
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18:10 クライマックス3なう
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18:47 これにて終了なう
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脱力

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ついに完成しましたー!お祭り当日に進行係が携帯して、行列の進行をスムーズに行うための地図とか役割分担とか時間割をまとめた資料です。この1ヶ月、この資料を作るためだけに奔走してきたと言っても過言ではない私にとっては、ようやく肩の荷が下りた気分です。とは言え、これを使ってお祭りを成功させるのが最終目的ですから、ここで脱力してちゃイカンのですけどね(汗)。

この2週間は、毎晩夜中の1時、2時まであれやこれやかかってました(涙)。資料作りって言ったって、この資料自体をパソコンで作り込むだけじゃなくって、行列のタイムスケジュール作りから始まって、各部署との連携や、はたまた警察署やバス会社への対応まで、たったひとつの形にするまでにどれだけの苦労があったか分かりません。これだけのことをやらせるんだから、神様ってスゴイやねぇ(笑)。

週末以外は毎晩7時から会議をやって、その結果を持って会社に戻り、眠さが限界になるまでやり続けたっていう感じ・・・これじゃ、冬場の造りの時期と同じじゃんっていうくらいのご立派な仕事ぶりでしたよ(笑)。昼間は何もできないわけですから、夜の間に打ち合わせと並行して作業をしようとすると、どうしてもそんな時間になっちゃいますね。

何度も書くようですが、300メートルも400メートルにもなる行列を時間通りに動かすっていうことは大変なことです。行列の総員は600名以上。参加する子供に付いて歩く親御さんの数も入れれば、もう100人くらいは増えるでしょう。獅子振りも、太鼓打ちも、面の踊りも、稚児行列も進む速さが違っていて、間が空いたり詰まったりするんです。

当日は、その様子を把握しながら、牛追いの犬よろしく、目的地に向かって遅れたパートを追い立てていくのが私たちの役目です。でも、強引にはできませんよね。せっかく1ヶ月もかかって練習してきたんですから、なるべくしっかりと時間をかけていいお練りをさせてあげたいものです。練習の成果を発揮させてあげるのも、私たちの重要な役割でしょう。

作った資料は、全体の進行図や、各パートの並び方から、行列が差し掛かる市内のポイントの詳細図まで、素人が力技でやったにしちゃぁそれなりの出来だと自画自賛ですよ。こんなの、この時代のパソコンがあるから何とかできるんですけど、IT時代の恩恵にあずかっていることはヒシヒシと感じますね。「おっ、スゲーじゃん、こんなのどうやって作ったの?」なんて言われると、私としてはのけぞるくらいに鼻高々です(笑)。

それでも、ある程度の余裕を持ってここまで漕ぎ付けましたから、最後の詰め仕事にも手が付くでしょう。問題は天気ですけど、日曜日はチト微妙だったりします(汗)。雨降りになっちゃうとこれまでやったことの半分以上はパーってことになるので、当日は絶対に晴れるはずです。準備万端整えて、みんなでいいお祭りにしたいなぁ。

この記事は、土曜日に読者のみなさんに読んでいただいていると思います。明日の日曜日が当日になりますが、朝の5時から、夜は酔いつぶれるまでブログを書く時間はありませんから、ツイッター風に写真だけその都度アップしてみようと思います。ライブでご覧になりたい方は、チョコチョコ覗いていただければ・・・まぁ、それよりは、沿道に出て、実際に見に来てもらえばいいか(笑)。


□□□ やっぱり、すぐに3位に戻りました(涙) □□□
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マルコメ味噌(つづきのつづき)

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仙台に行っている間の記事が続いちゃったもんだから、ちょっと話が飛んじゃったんですけど、先日見学させていただいたマルコメさんの訪問記を続けたいと思います。仙台ネタもまだまだありますが、私とすればフェストの後の鳥心でしか仙台を満喫できなかったので、ヘタに消化不良のブログにしてもつまりませんから、あの辺にしておきます(笑)。

さて、信州味噌が関東大震災の時にその市場を広げるチャンスを得たっていうお話は前回ここに書きましたが、かと言って県内の味噌屋さんが全て規模を拡大したかっていうと、そういうわけでもありません。現在に至るまでに成長できた会社と、そうでなかった会社があって、その間には何か明確な違いがあったはずです。

見学の途中に、天皇陛下が皇太子時代に会社を視察なさっておられる写真パネルがありました。時は、昭和の30年代。セピア色の古い写真でしたが、そのバックに段ボール箱がうず高く積み上げられているのが写っていました。この、今では何気なく見える段ボール箱が、当時とすれば結構革新的な使い方だったんだそうです。

昔は、味噌っていうのは木の樽に入れて流通させるのが当たり前で、使い終わった後にはそれを回収して再利用するっていうことが一般的だったんだそうです。そこで、味噌を段ボール箱に詰めて販売したところ、コストも抑えられ、回収の手間もいらなくなって消費者の支持を得て、売上げを伸ばしたんだそうです。ちょっとしたアイディア商品でもあったってことですかね。

見学が進むと、メイン商品の容器充填ラインの場所に来ました。この商品は、1982年に発売された、日本初のだし入り味噌『料亭の味』。私は全然知りませんでしたが、今やスーパーなどで売っている味噌のほとんどは、だし入りタイプなんだそうですね。純粋な味噌に、既にだしの成分が入っていて、簡単にお味噌汁にできるんだとか。ってことは、本来は味噌汁って、だし汁を取っておいてから、そこに味噌をとくってことなんですね・・・知りませんでした(汗)。

これが、現在でもマルコメさんのメイン商品となるくらいのヒット商品になって、会社の成長に結びついたんだそうです。これは、単にアイディアだけじゃなくって、味噌の風味と出汁の旨みを持続させるための技術開発によって生み出された、れっきとした戦略商品だったんでしょうね。

更に、昨年には、これも日本初となる液状味噌を発売して注目をされているそうです。これをお土産にもいただいちゃったんですが、ボトルに入っていてちゃぷちゃぷとした液体なんです。女性に言わせると、味噌をお湯にとくのは結構手間のかかることなんだとか。その手間を省くことができれば、便利になることは間違いないでしょう。まぁ、いろいろが簡単になり過ぎちゃっても、有難味が薄れるかもしれませんけどね(笑)。

その他にも、半固形物をパイプラインに流すためのポンプを日本で初めて採用したりとか、随所に時代を先取りする進取の気質を感じることができました。それこそが、マルコメさんの成長の原動力だったんじゃないですかね。「昔は味噌と醤油を造っていたのに、どうして味噌に特化したんですか」という質問に、「味噌の方が手間がかかって、量産化しづらいからですよ。その方が勝ち目がある」という先見の明も、その裏付けになっている気がしましたね。


□□□ 実は、このシリーズまだ続きます □□□
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仙台日本酒フェスト(その後)

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イベントとしての『仙台日本酒フェスト』は無事終了しましたが、片付けを終えた後に錦本店さんが用意してくれた『蔵元交流会』と銘打った体のいい飲み会(笑)も、我々蔵元にとっては大きな楽しみのひとつでした。日本中から集まった20以上のメーカーサイドの方々と、お互いの酒を酌み交わしながらお話ができる機会っていうのもそうはありませんからね。会場は錦本店の姉妹店『鳥心』さん。

このブログでも名前の出てくる蔵元の筆頭と言えば、当然『酒屋八兵衛』の元坂さん。今回は、とーこ姉貴は家でサボって出てこなかったんですが、新兄貴が参戦して、例のごとくお燗酒をバンバンお客さんに振舞ってましたよ。サンセールさんの話によると、あまり仙台の方はお燗のお酒を飲まないらしいんですが、だからこそっていう意気込みで、専用のお燗機を持ち込んで需要開拓に勤しんでました。

『仙禽(せんきん)』醸造元のU兄弟は、私の隣のブースでした。酸味のある特徴的な味が好評の仙禽ですが、この兄弟のキャラクターも販促に一役買っているとしか思えません(笑)。信濃鶴のことも気にしてくれているようで、お互いのことを話し始めると止まらなくなっちゃいますね。美人の助っ人も入って3人でブースに立つもんだから、どうやっても見た目の勝ち目はありませんでしたよ(汗)。

私のブースと同じ島にブースがあった『遊穂(ゆうほ)』のFさんは、スラリと背の高い女性蔵元です。これまでも、別のイベントでご一緒したことがありましたが、遊穂さんでは飯島町産の美山錦を一部の商品に使っておられるんですよね。別の蔵元さんのご紹介みたいですが、同じ産地の同じ種類のお米を使っているとなると鶴とは兄弟分じゃないですか(笑)。お勧めのお酒の味を見させてもらうと、軟らかい舌触りのいいお酒でしたね。

先日、長生社まで遊びに来てくれた『若乃井』のO夫妻とも再開することができました。懇親会では一緒に飲むことができなかったんですが、元気な奥さんと2人で仙台のお客さんに若乃井を売り込んでました。懇親会で、イベントで残ったお酒をみんなで飲んだんですが、私のところに回ってきた若乃井は、そーとーに美味く感じましたね。お客さんのお気に入り度も高かったようです。

その他にも、あまりお話はできませんでしたが、サンセールさんと蔵にお邪魔したことのある『花陽浴(はなあび)』のWさん。いろんなところで遭遇する確率の高い『陸奥八仙』のKさん。これもしょっちゅうお会いする『達磨政宗』のしげりさんなどなど、よく考えたら結構知り合いばっかじゃないですか(笑)。最近、越百では錦本店からもお酒を取り寄せてますから、駒ケ根でも飲んだことのあるお酒も多くて、「へぇ、こんな人が造ってるんだぁ」と思いながら名刺交換させていただきましたよ。

当然、懇親会は大盛り上がりで、意識の高い蔵元さんたちとお話ができて、私もとても勉強になりました。蔵元同士で飲んでもなかなか打ち解けられないこともありますが、今回は皆さん和気あいあいと歓談なさっておられるように見受けられました。これも、サンセールさんを始め、錦本店や鳥心スタッフの人柄のおかげなんだと思います。楽しい夜をありがとうございました。

これにて、今回の仙台日本酒フェストの報告ブログは終わりです。そういやぁ、越百のえっちゃんが仙台スタバのマグカップが欲しいとか何とか言ってましたが、仙台にスタバはありませんでした(ウソウソ)。というか、私の目に入らなかったんだから、ないのと同じです(笑)。せっかく仙台まで行って、他に楽しいことは何もできませんでしたが、それでも行く価値のあった仙台とんぼ返りツアーでした。


□□□ なんだか2位に近づいてますが □□□
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仙台日本酒フェスト



それでは、仙台日本酒フェストの様子を実況報告しましょう・・・と、その前に、まっちーさんからもコメントいただきましたが、ちょっとブログの内容がリアルタイムからズレちゃってますね(汗)。それも、1日じゃなくて2日も(汗汗汗)。これは、私の記事の投稿の仕方と、書き貯め方によるものです。誠に申し訳ありませんが、読者の皆様におかれましては、『その気』になってお読み下さいますよう、お願い申し上げます(笑)。

昨日のブログの後、酒フェストはすぐに始まりました。時間前にお客様が並びだしたので、早めに開場したくらいでしたね。やることとすれば、これまでやってきたお酒の試飲イベントと変わるところはないので、その点は全く問題ありません。参加蔵元の皆さんも、手慣れたもんです。まぁ、錦本店のスタッフがちょっと心配そうな面持ちで、会場を見回してましたけどね(笑)。

お客様は、全員前売りチケットを買ってますから、予想外に少ないとか混雑しちゃうとかいうことはなくって、スムーズな進行ができたんじゃないですかね。日曜日ということもあって、会の前半にほとんどの皆さんが入場なさって、終了間際には徐々に引けていくっていう、こちらとすればやり易い流れでした。

うれしかったのは、仙台にも信濃鶴のファンの方がいてくださって、「いつも飲んでますー!」って、鶴のブースまで来てくれたことです。これは、仙台で鶴を一生懸命に売っていただいている錦本店さんのおかげですね。居酒屋の経営者の方もいて、「信濃鶴使わせてもらってます!」なんて言われると、本当にありがたい気分になるもんです。こんなにも遠く離れた仙台の居酒屋に、鶴が並んでるんですからねぇ。

もう一点うれしかったのは、これまで信濃鶴を飲んだことのないお客様にも、味をみていただけたことですね。こういう展示会的なイベントの一番の目的はそこにあるわけですが、「オッ!これ美味い」なんて反応が返ってくると、「でしょ、でしょ」って会話が弾みます(笑)。嗜好品ですから、鶴の味がダメだっていうお客様も、当然おられるんですけどね(涙)。

4時間に渡るフェストが終わって、錦本店のスタッフと参加蔵元との慰労会の際に、あれで良かったのかどうかサンセールさんたちが心配してましたけど、あれは成功って言うんですよ(笑)。あれだけ質の高いお酒ばかりを並べて、過不足なくお客様への対応ができて、蔵元もしっかりと自社の酒をPRできたでしょうからね。

地方都市にあっても東京と遜色のないクオリティの試飲会ができて、全国に情報を発信することができる可能性を感じることのできたイベントだったんじゃないですかね。どうやってお知りになったのか分かりませんが、わざわざ埼玉から「掘り出し物を見つけに来た」なんていうお客さんもおられましたよ。

今回、一番疲れたのは、サンセールたち錦本店の皆さんでしょう。初めての挑戦っていうのは疲れるもんです。でも、そういう姿勢こそが人の心をとらえ、新なステップを生み出すんでしょう。それに、錦本店はいいスタッフに恵まれてますから、これからもっともっと伸びるお店になるでしょうね。そんな姿を見るにつけ、私にも、初めて仙台に鶴を出した、あの時の気持ちを思い起こさせてくれたイベントでしたね。


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東北新幹線



最高のヒマつぶし、ブログの原稿書き(笑)。今は、仙台に向かう新幹線の中です。昨日の夜、東京まで来たはいいんだけど、今度は、あんまり早く仙台に着いちゃっても困る状況です(汗)。普通だったら早く行っても、サンセールさんに付き合ってもらえるでしょうけど、今日は大イベントを控えて、きっとお忙しいだろうからそうもいきません。

さて、何を書いていいものやら・・・。こうやって、移動時間にやるべきことがあるっていうのはいいことなんだけど、ボーッとする時間がないってぇのもよくないやねぇ。本来の私は、乗り物に乗ったら、外の景色を見ていることが好きなんです。そこにどんな自然があって、どんな人の生活があるのかを感じることが好きなんだと思います。

学生の頃、海外をひとり旅してましたが、あんときゃホントにボーッとしたよなぁ(笑)。国境を越えるときもなるべく飛行機は使わずに、こっち側とあっち側の雰囲気の違いを楽しんでました。入国審査はドキドキもんですけどね。今となっては、あの時のあの時間は私にとっては宝物です。その分、今それができないのかな(汗)。

それにしても、新幹線は早いやねぇ!東京を出て、上野、大宮の次は仙台まで止まらねーんだもん。1時間40分で着いちゃうんですよ。今朝の天気予報で見た日本の天気図を実感できるくらいです。ちなみに、今日の東京は晴れ、東北地方は雨です。車窓に当たる雨足が、だんだんと強くなってきました。もうすぐ着きますけど、天気は悪そうですね(汗)。

でも、よく考えたら、今日の朝イチの高速バスで駒ヶ根を出てくれば、午前中に仙台に着けたかな?日曜日の朝だから、中央道も込まなかっただろうし(汗)。やっぱり、その辺の状況判断ができないほどあたふたしてるんですね・・・とかなんとかしているうちに、そろそろ仙台到着です。会場入りして時間があったら続きを書きますね・・・

・・・ということで、ただ今、仙台酒フェスト開始15分前です。参加蔵元で記念撮影をしたりして、準備万端です。初めての試みっていうこともあって、サンセールさんはテンパっているようで、私の目の前を行ったり来たりしてますよ(笑)。でも、3000円の前売り券が280枚完売してるんだから大したもんです。じゃ、これから先の報告は、また明日。


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総練習



今日は、お祭りの総練習の日。本番を一週間後に控えて、お練り参加者が全員揃う、最初で最後の全体練習です。お天気には恵まれ過ぎちゃってチト暑かったんですけど、いい練習日和でしたね。夜の睡眠時間を削って準備をしている私たち進行係としても、当日を占う意味でドキドキもんの半日でした。

本番さながらにやるために、実際の道路を通行止めにして場所を確保します。整列して300メートルの隊列がお練りの練習をするだめには、やっぱり500メートルくらいは直線部分が必要です。前日まで重機でガンガン掘り起こしていた下水道工事を中止にさせて、道は平らにしてありました。どうやって圧力をかけたのか分かりませんが・・・(笑)。

行列がどの程度のスピードで進むのか、間が空いちゃうのはどこなのか、子供たちは上手く踊れるのか、練習の間によく観察しておきます。私は、一人で道の脇に立つマンションの上から行列を見渡す役でしたが、こんな風に全体が見渡せれば指示も出し易いんだけど、当日はそんなわけにもいきません(汗)。何かいい方法があればうれしいんですけどねぇ。

何回か行ったり来たりを繰り返すうちに、みんなも要領を得てきて、それなりにスムーズに進めるようになってきました。歩くだけの役割なら速度調節はいくらでもできますが、舞いながら進む面のような人たちはなかなかこちらが思うようには動けないんですよね(涙)。もっと長い距離になれば更に別の問題も出てくるでしょうけど、後はぶっつけ本番で、野となれ山となれですね(笑)。

実は、本当だったら今日は仙台にいるはずだったんですよね(汗)。そうです、錦本店さんが一年がかりで画策してきた『仙台酒フェスト』が日曜日に開催されるからです。しかし、どうしても立場上抜けるわけにはいかなくて、夕方まで駒ヶ根にいました。仕方がないので、今晩中に東京まで出て、明日の朝仙台入りしようと思います。

そう言えば、ブログの記事は、お味噌屋さんの話の続きの予定でしたが、いつ、どういう状況で記事を書くことになるのかすら理解できていないっていうことが、自分でもよく分かりました(笑)。でも、この忙しさも、あと一週間です。そこを乗り越える英気を養うためにも、たった一晩しか泊まらない仙台の夜を、しっかりと楽しまなくっちゃね!


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マルコメ味噌(つづき)

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マルコメさんの工場見学ではいろんな面白いお話を聞くことができました。このくらいの企業になれば必須なんでしょうが、ちゃんとした見学コースがあって、教育的な見地からも得るものが多いと思われているんでしょう、小学生の見学が多いんだとか。見学者のための展示も充実していて、味噌のことならひと通り分かるようになっていました。

そういえば、私も社会科見学で駒ケ根市内の味噌工場に行ったことがあったっけ。ベルトコンベアーで流れて来る、煮た(蒸した?)大豆をいくらでも食べていいって言われて、どんどんと口に頬張り過ぎて気持ち悪くなった記憶があります(笑)。そう考えると、子供が日本酒メーカーに見学に来ることはほとんどありませんねぇ・・・(汗)。

『信州味噌』っていうのは、味噌の中では最高にいいイメージを持たれているっていうアンケート結果を聞いたことがあります。これは、れっきとした登録商標で、県内の味噌業界がかなり昔に取得したものだそうです。今ではこの手の商標は取れないんだとか。仙台味噌とか山梨ワインといった、地名をダイレクトに商標に汲み込んだようなものはダメだってことなんでしょうかね。

事ほど左様に、長野県の味噌業界は全国に先んじた行動を起こして、信州味噌の断トツの人気と販売量を獲得してきたわけです。しかし、なぜ長野県で味噌がこれほどまでにたくさん作られているのか、ちょっと不思議ではあります。だって、別に長野県で大豆がたくさんとれると聞いたことはありませんし、製造に適した気候ってわけでもなさそうです。

これには興味深い逸話がありました。信州味噌が世に出るきっかけは、あの関東大震災だったっていうんです。震災後の援助物資として長野では業界を挙げて味噌を送ったんだそうです。その時に、信州の味噌は美味しいっていうことになって、東京で名前が知られるようになったんだそうです。

つまり、モノづくりが先にあったというよりも、市場開拓が先だったっていう感じなんでしょうかね。その後の需要に応えるように増産をしていった結果が今につながっているっていうお話でしたよ。業界の成功秘話としては面白いですよね。生産能力もないのに、最初にアメリカで注文を取って歩いて成功したギターメーカーも長野県にあるようですが、そういうやり方は信州人の気質に合っているのかな・・・。

戦後になっても積極的に東京へ進出することで、信州味噌のブランドは確固たるものになっていったようです。ブランドの確立に一朝一夕の道があるわけではないでしょう。業界全体としての考え方や取り組みが、その後のその業界の命運を左右するっていうのは、我が日本酒業界も見習うべき点が多いと思いましたね。

もう一点、信州味噌の人気の秘密は、これといった特徴のない味にあるともうかがいました。味噌の種類も、製造方法や材料や地域によって様々ですが、その中でも当りさわりのない味が消費者に受けている部分があるようですね。もうちょっと書きたいことがあるので、また明日に続けますね。


□□□ 写真はお土産に頂いたインスタントみそ汁 □□□
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マルコメ味噌

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早いところ記事にしちゃわないと感激が薄れてしまうので書いておきたいんですが、皆さんたぶん良くご存知の、『マルコメ味噌』を製造する『マルコメ株式会社』さんに訪問させていただきました。先日の若葉会総会の折に、そのプログラムの一環として行っている企業視察でお邪魔させていただくことができたんです。

同じ日本で長い間営まれてきた、同じ食文化を担う、同じ醸造業として学ぶべき点は多いだろうと考えていましたが。半分は当りで、半分は外れだったってところでしょうか。歴史的な変遷や、今打つべき手には参考になる点が多かったわけですが、会社の規模が大き過ぎちゃって、我々極小蔵では到底真似できない部分もありましたね(汗)。

味噌業界の内部については知らない点が多いんですけど、とにかくマルコメさんが業界のトップシェアを誇るということだけは事前に勉強していきました(笑)。2位との差もかなり水をあけているようで、日本で一番、ということは世界で一番味噌を売っている会社であることに間違いはないわけです。

工場内に誘導されて、まずその大きさに圧倒されましたね(汗)。長野市内にあって、私もよくその脇を車で走ったことがありましたから、そこにあることは分かってはいましたが、あれほど広い敷地に大きな工場が林立しているとは思っていませんでした。国道19号と長野新幹線に挟まれたエリアに各種の建物が密集しているんです。

マルコメ味噌っていうと、私なんかはテレビCMで丸坊主の小さな男の子が出てきたのを覚えてますし、それより前、私のご幼少のみぎりには、一休さんのようなキャラクターのアニメCMもあったように思います。たぶん、それらのCMは全国放送だったでしょうから、長野県以外でもご覧になった方がおられるんじゃないですかね。

あれは、『マルコメ君』という実物キャラクターで、現在では14代目になっているそうです。あの年頃の子どもはすぐに大きくなっちゃいますから、イメージ通りのキャラクターに留めておくためには、しょっちゅう代変わりさせるんでしょうね。毎回、相当な応募数の中からの選考になるようですが、会場はとてつもなく大騒ぎになるので、「選考というより戦争です」と説明の方はおっしゃっていました(笑)。

味噌の歴史は日本酒よりもかなり古いみたいです。紀元前1世紀に日本で製塩が始まったのと時を同じくして、魚などを塩漬けにしたのが味噌の始まりだとか。それが、どのようにして麹の文化と結びついて、麹と大豆と塩で造る現代の味噌につながってきたのかは、造り酒屋としてはとても興味深いところですね。

味噌の場合、お米と大豆は同量程度の割合で使われるらしいですが、お米は全て麹にするっていうところが日本酒と違うところですね。日本酒の場合には、仕込に使う総米の2割程度を麹にするだけですからね。それだけ大きな工場で、それだけ大量の麹を造るんですから、1機で何十トンも麹を造れる機械が6台も稼働してました。やっぱり、規模が違いますね(汗)。

まだまだ、面白いお話を聞いてきましたから、明日もうちょっと続けますね。


□□□ みんなちょっと低得点気味です □□□
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品評会出品

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ここのところずっとそうなんですけど・・・テンパッてます(汗)。やらなくっちゃならないことが目白押しで、息つく間がありません。戸倉上山田温泉で湯船に浸かったくらいがゆっくりとできた時間だったなぁ。帰ってきちゃうと、やっぱりいろいろに忙殺されて、ブログに愚痴を書くのがやっとのところです(笑)。

蔵の中の話題を探してみると、今日は『長野県清酒品評会』の出品酒を作りましたね。出品酒を『作る』なんて言うと、ブレンドしたりして何か手を加えるような印象を持たれるかもしれませんが、実際には一升瓶に取ってあるお酒をそのまま出品用のビンに移し替えるだけの、誰にでもできる程度の作業です(笑)。

大きく分けて、公的な機関によるお酒のコンテストは、1年の間に3回開催されます。一番有名なのが『全国新酒鑑評会』ですね。次のサイズになるのが『関東信越国税局酒類鑑評会』。そして、各県単位にあたるのが『長野県清酒品評会』っていうことになります。全国、局、県という3つの行政区分毎に、毎年品評会なり鑑評会が開催されているんです。

『品評会』と『鑑評会』は何が違うんだって聞かれると・・・スイマセン、よく分かりません(汗)。単に歴史的経緯なのか、辞書的に明確な違いがあるのか、どっちも大して変わらないのか・・・。私の感度でいくと、鑑評会の方が、権威付けされて格が上の印象があるんですけど、定かじゃありませんから、あまり信用しないでくださいね(笑)。

『全国』は春、『局』と『県』は秋に開催されます。昔は局の鑑評会は年に2回あったりしたんですが、現在では1回になってますから、信濃鶴のようなマグレ金賞を狙っている蔵は、そのチャンスが減るわけです(笑)。いずれにしても、この年に3回ある公的なコンテストが、私たち酒造メーカーにとっては勝負の場となるんですよね。

その、秋に開催される長野県清酒品評会の出品締め切りが迫って、慌てて冷蔵庫から出品用のお酒を引っ張り出して来て、ビン詰をしました。長野県では1蔵で3点まで出品できることになっていて、出品するのは大吟醸か純米大吟醸になります。基本的には精米歩合60%以下の吟醸酒区分のお酒が対象になっていて、通常は、アルコールが少量添加された大吟醸タイプを出品することが多いですね。

長生社には純米大吟醸しかありませんし、純米大吟のもろみを何本も立てるわけでもありませんから、それほど種類がありません。それでも、中味的にはそれほど変わらなくても、なるべく多くの点数を出品することにしています。なぜかと言えば、そこは、ソレ、マグレで金賞に引っかかる可能性を高めるためでんがな(笑)。

春の新酒の時期と違って、秋になれば冷蔵庫に囲ってあったお酒も熟成が進んで、一段とまろやかになった純米吟醸になっています。本来であれば、夏を越したこの時期のお酒が、日本酒とすれば一番美味しいのかもしれません。全国の鑑評会も秋にやるべきだっていう議論もあるようですが、簡単には変えられないんじゃないですかね。

昨年は、ラッキーにも純米大吟醸での出品にしてから初めて、県の品評会で金賞をいただくことができました。やっぱり、アル添された酒質の酒の中に並ぶと、純米は重たい印象になるもんだから不利であることは否めません。それでも、何でも、マグレでも(笑)、金賞が取れるんだっていう事実が、純米酒のすそ野を広げていってくれることが私の望みなんですけどね。


□□□ 金賞が取れるようにクリックしてくださいね □□□
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祝!50万アクセス

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昨日、長野市から家へ帰ってブログをチェックしていて、「しまったー!!!」と思ったんです。コメント欄に、このブログの50万アクセスをお祝いしていただいているコメントがいくつかあったからです。見てみると、既に50万はかなり過ぎた数字になってました。私は、こういう『キリ番』っていうやつは自分で踏みたいタイプです(笑)。

ちょっと前から、私も気にはしていたんです。ゼロが5つも並ぶキリ番は滅多に回ってくるもんじゃありません。それも50万っていうことになれば、100万の半分でもあって、キリ番の中でもちょっと意味合いの重い感じがありますよね。でも、ちょうど2日間会社を空けるタイミングに合って、完全に見過ごしちゃいました(涙)。

このブログについているアクセスカウンターは、画面の再表示をしただけでもカウントされるもんだから、トップページから入って、コメントを入れる画面に進んでも2カウントになって、本当の意味での50万アクセスっていうのとはチト違うんですが、コツコツと積み重ねてきた数字であることには違いないので、私の中では大きな目安になっているんです。

記事の総数を調べると、これまでに1434件の書き込みがあるようです。50万をこの数字で割ると348っていうことになって、これまでの全トータルで見ると1日当たり約350アクセスくらいの平均値になります。350の積み重ねで50万を達成するのは、考えようによっては私らしからぬ忍耐力ではありますね(笑)。

300人の方と毎日お話をすることは不可能です。双方向の会話にはならないものの、お酒造りのウンチクや、業界の動きや、会社からの報告を毎日発信できるツールがあるっていうことは、この時代だからこそできたことでしょう。それも、無料でね。まぁ、毎日話しかけられても迷惑だっていうご意見もあるかもしれませんが・・・(汗)。

最近の流行りはツイッターであって、大手企業でも積極的に活用する時代になっているようですね。このブログの性格としては、まとまったことをひとつお話しするようにしているので、ちょっとツイッターとは違うんですかね。それに、いったん仕事を始めちゃうと、つぶやいている時間もありませんから、私としては手を出してはいません。というより、ブログだけで手いっぱいっていうことです(笑)。

このブログの最初の目的は信濃鶴の広告塔であって、鶴に関しての情報発信のつもりが大きかったんですが、今の時代ひとつの銘柄だけが認知されるような状況でもありませんから、なるべく日本酒全体に興味を持っていただけるような内容を心がけてるんですけどね。夫婦喧嘩ブログが一番面白いって言われることも多々ありますが・・・(汗)。

ブログランキングもおかげ様で、いつも上位においていただいていて、皆さんの日々のワンクリックに感謝感謝です。そのうちに順位は落ちて行くんでしょうが、気負わない情報発信を続けていきたいもんです。とにかく一番ありがたいのは、一定数の読者のみなさんに読み続けていただいていることです。その忍耐力は私のそれに匹敵するだろうと、心から思ってるんですけどね(笑)。皆さん、これからも拙ブログをよろしくお願いします!!!


□□□ これからも頑張りまっせー □□□
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戸倉上山田温泉



お祭りの準備で忙しい最中、今日は年に一度の若葉会の定期総会で長野市近郊の戸倉上山田温泉に出かけて来ています。若葉会っていうのは、長野県酒造組合の青年部に相当する組織です。会社の仕事とお祭りの準備で休みなく働いてきましたが、それらから完全に解放される日の存在は、とても貴重なものです(笑)。

若葉会についてはこれまでも幾度となくこのブログに書いてきましたが、現在の日本酒の厳しい現状を長野県から変えていこうという意気込みに溢れた同志も多くて、いつも刺激を受けてるんですよ。こんな時代ですから、やっぱり若い力が求められているし、自らにもその自覚が必要でしょう。

長野の酒メッセやひやおろし解禁日の設定など、他県でも参考にされているような発信を続けている若葉会ですが、これからも信州の酒が売れていくきっかけになるような種まきをどんどんしていかなくっちゃなりません。今日も総会ばかりじゃなくって、その後には講師をお招きして、今後の参考になる講演会も行いました。

今回は、ジャーナリストの島田始(しまだはじめ)氏に、観光を生かして信州の地酒を売っていくヒントをうかがいました。かつての観光立県だった長野県が、今や他県の後塵を拝しているなんぞのくだりは、我々県内清酒メーカーも全く同じ道を歩んで来ていると思わざるを得ませんでした(汗)。

興味深かったのは、海外から日本に訪れる観光客が日本に求めるもののナンバーワンは日本食だっていうことです。そして、旅行後に日本で満足したことのアンケートをとっても、ナンバーワンは日本食なんだそうです。日本の料理に合うのは日本酒ですから、これから海外からのお客さんが増えれば、日本酒にもまだ伸びる芽はあるのかもしれませんね。

日本を訪れる観光客は、年間、高々数百万人。対して、フランスは一億人を超えると、ある新聞で読みました。島国とヨーロッパの立地の違いはあるでしょうけど、中国や韓国からのお客さんも多くなってきている現在、観光という切り口が日本酒の販路拡大の一助になる可能性は大きいかもしれません。

ちなみに、中国人観光客に対するアンケートでは、日本で一番美味しかった食べ物は、すき焼きだそうです。偶然にも、私たちが2日目のお昼を食べたのは、長野市では有名なすき焼き料理の『すき亭』さんでした。写真は、すき亭さんの庭に立っている、文化財指定を受けていそうな古い建物です。

1日目のスケジュール終了後は、当然、懇親会に突入(笑)。若い蔵元連中に混じって、楽しい時間を過ごしました。戸倉上山田の温泉にもゆっくり浸かって、英気を養いましたよ。駒ヶ根に帰ったら、また、会社もお祭りもガンバりまっせー!


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ゆるい栓

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もうひと月も前のことになりますが、最近鶴ファンになったという読者の方からコメントをいただきました。特別純米の一升ビンをご購入いただいたんですが、「ちょっとビンの栓が緩くないですか」とご指摘を受けてたんです。これは、記事でご説明申し上げようと思っていたんですが、こんな時期になってようやく書いてます・・・(汗)。

何でこんな時期まで引っ張っちゃったかっていうと、上の写真を撮る間がなかったからです。お祭りなんかも重なって、「いつか撮ろう、いつか撮ろう」と思ってるうちに1ヶ月経っちゃいました(汗)。やっぱり現物を見てお話しした方がいいでしょうからね。それにしても、遅れ遅れになっちゃって、誠に申し訳ありませんでした。

さて、ご指摘の信濃鶴の一升ビンに付いている栓ですが、手前に写っているものがそれです。左側がまだ機械で打栓される前の状態のもので、きれいな円筒形をしています。それをビン詰めラインの中の打栓機で、グイッと一升ビンの口に押し込むようにして締めつけます。いったんカシメられた栓は、外側のアルミ部分を開くまでは取れなくなります。

購入後、手を切らないように気をつけながらアルミ部分を広げると、アルミ部分だけがビンから外れるようになって、内部にあるプラスチックの栓の部分がビンの口に残ります。このプラスチック部分は何度も付け外しができるので、中のお酒が無くなるまでの『栓』っていうことになります(写真の一番右)。これがゆるいんじゃないのかっていうコメントを頂戴したわけです。

確かに、他のタイプの栓に比べるとゆるいのは事実ですね。しかし、こういった資材は既に規格品が出来上がっていて、その中のどれを選ぶかっていうくらいしか日本酒メーカー側には自由度はないんですよね。選んだタイプの半完成品の上に、自社の銘柄を入れるっていうくらいのイメージでしょうか。

自由度はないとは言え、もし自社で開発しようとしたらどえりゃーコストがかかります。今は、製造物責任法(PL法)などもあって、こういった資材の基準も厳しくなってますから、小さな日本酒メーカーとすると、既に基準を満たす形で開発されたものから選ぶっていうのが、ごく普通の対応になっていると思います。

信濃鶴がこのタイプに変更したのは、10年くらい前だったでしょうか。ごみの分別収集が厳しく言われるようになった頃のことです。特に、駒ケ根市は、種類によって非常に細かい分別をしなくちゃならなくなってきてたんですよね。それで、とにかく完全に分別ができるタイプのものに変更しようっていう話になりました。

例えば、皆さんが一番よく目にすると思われるのが、奥の右に写っている栓だと思います。栓の中に突起があって、それがビンの口の内径にピッタリはまります。鶴も昔はこのタイプでした。でもこれは、栓の頭の部分に金属が被せてあって、更に突起の先にもアルミ箔が貼り付けてあるんですよね。これでは、分別収集するためには、いちいち金属部分をはぎ取らなければなりません。

その次に鶴が採用したのは、奥の左に写っているタイプだったんですが、これも頭に金属が被っていて実際問題として分別できないものでした。そして、分別可能タイプに変更する際に、最終的にたどり着いたのが現在のタイプの栓でした。これは金属部分が無いからなのかもしれませんが、これだけを押し込んだ感触とすると「ゆるい」感じがするかもしれません。

先程も述べました通り、基本的には基準を満たした規格品なので、欠陥があるということはないと思います。ただし、無濾過生原酒なんかは、ポンポンと栓が飛ぶことがありますから、「気密性は保たれているけど、締めが甘い」タイプなんでしょうね。どうか、その辺をご理解の上、多少出来の悪い部分も含めて、今後とも鶴を愛していただければ幸いです。


□□□ 長いブログになっちゃいました □□□
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お祭り準備(つづきのつづき)

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一度お祭りネタを書き始めたら、止まらなくなっちゃった岳志です(笑)。昨日は、お祭りで使う車の屋台を作ってきました。屋台って言っても物を売るわけじゃなくって、行列の中にいてスピーカーやマイクなどの機材を積んだり、途中でみんなが飲む飲み物を運んだり、進行係が中から指示を出したりといろんな役割をする雑用車なんですけどね。

そういう車を当日は4台使うんですけど、そのうちの3台は屋台にして飾り付けをするんです。軽トラの荷台に紅白幕を張ったような形にするので、その枠を作らなくっちゃなりません。1日だけ使うものなのでそれほどしっかりと作り込むわけじゃありませんが、簡単に壊れちゃっても困るんですよね。

今回は、お祭りにも一緒に参加する人の経営する建築会社の作業場をお借りしました。当然、いくらかの材料費はお支払いするにしても、その辺に転がっている材木を使い放題だったのは助かりましたね。最初のうちはいちいち棟梁の了解を得ていましたが、そのうちに勝手に使いたいものを使うようになってました(笑)。

長生社の軽トラも2台出すので、1台に屋台を作ることになりました。軽トラって同じような形に見えても荷台の寸法やら、内側に飛び出ている突起やら、運転席の高さやらは微妙に違うんですよね。ですから、同じものを作ってもダメで、その車専用にガタつきの無いように作り付けていきます。それでも、手慣れた人が多くて、仕事の早いこと早いこと。

それじゃってんで、私は当日自分が使うパソコンを置く台を作ってました。今回のお祭りの行列はとても長くなるので、隊の全長の把握のためにある地図ソフトを使うんですが、それの操作と隊への指示出しが私の当日の主な役目なんです。お天気になれば日差しも暑くて、とても一日中ノートパソコンを膝の上になんて置いておけませんから、当日本部車になる軽トラに合わせた専用の台を毎回作ってます。

これも楽だったですねぇ。工場の中からちょうどいい大きさのコンパネを探して来て、その辺に置いてある丸ノコでピッタリの形に切って、端材を拾って来て足を作っておしまいです(笑)。こんなの後から自分で作ろうと思ったら、材料の調達から工作までで一日つぶれちゃうもんねぇ。とても暑い日でしたが、十分な収穫が得られました。

こうやって、裏方の仕事を誰かがやりくりしてお祭りって出来上がっていくんですよね。自分の本職以外に時間がとられるわけですから、役員にでもなれば何かと大変です。でも、これって、誰かに「お前やれ」って言われてやる仕事でもないような気がしますね。強いて言えば、神様に指示されているのかもしれません。お金にならない仕事にも相応の価値があるんだっていうことを再認識するにはいい機会じゃないかと思うんですけどね。

さて、出来上がった信濃鶴号(笑)の屋台ですが、お祭りが終わった後にどこかで使う機会はないもんですかねぇ。お酒を積むような状況だと邪魔になるでしょうが、宣伝カーに仕立て上げるか、夜店で鶴を売るのに使うか、もっとしっかり補強してシートを張ってホロ付きの軽トラにするか・・・どれも、なんかの法律に引っかかりそうだなぁ(汗)。


□□□ お祭りの頃までこんなに暑のかいな □□□
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お祭り準備(つづき)

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えーっと、『お祭り準備(つづき)』というタイトルで書き始めましたが、何を書くのかなんて全く決まっておりまへん(汗)。もう時間もないし、とりあえず書き始めてみただけです。人間、切羽詰まった状況に置かれると、その時一番頭の中を占有していることしか出てこなくなるのかもしれませんね(笑)。

っていうことは、いま地震でも起きて蔵の下敷きになるとか、交通事故で跳ね飛ばされるとか、心臓が止まってもだえ苦しむとかいうシチュエーションに遭遇したら、「家族へー」とか、「会社をー」とか、「酒造りはー」とかが最期の一瞬に頭に思い浮かぶんじゃなくって、「お祭りの資料がぁぁぁ」とか思いながらあの世へ召されていくんでしょう(笑)。

毎晩毎晩お祭りの打ち合わせと資料の作成に忙殺されていますが、それでも、やらねばならないことがあるっていうことはいいことですよね。気が張っていますから、普段の会社の仕事も効率よく回って、精が出るような気がします。夜、晩酌をしないと、こんなにいろいろできるんだなぁとも思いますしね(汗)。

会社の仕事が終わったら急いで家に帰ってお風呂と夕飯を済ませ、本部で打ち合わせをして、それから会社に戻ってきてパソコンを打つっていう生活になってます。まるで、冬の間の造りの時期のようですが、まさか蚊取り線香をたいて夜更けまで杜氏部屋で仕事をするとは思いませんでしたよ(笑)。

なんで会社で仕事をするかというと、お祭りの練習会場にはパソコンはありませんし、家のノートパソコンじゃ非力だし、会社で使っているヤツが私の周りでは一番早くて一番大きな画面だからです。テキパキと資料を操作していくには、なるべくストレスのない環境でやらないとなりませんからね。

でも、やっぱり私は現場タイプなのかもしれません。役員であーでもないこーでもないと会議を繰り返すより、体力的にはきつくても獅子振りの練習の方が性に合っているのかもしれないな。お祭り自体は大好きですから、どんな形にせよお役に立ちたい気持ちはあるんですけど、きっと汗をかいている方が自分が楽しいんでしょうね。

今これだけ根を詰めているのにはもう一つ理由があって、お祭りの直前がどえりゃー忙しいんですよね、これが(涙)。仕事の上での会議やらイベントやらですからそれに出ないわけにはいきません。とにかく今のうちから前倒しでできることはやっちゃっておかないと、そこの時点で持ち時間がショートして自爆するのが目に見えています(汗)。

お祭りの1週間前には、楽しみにしている錦本店での『仙台日本酒フェスト』があります。その前後で東北の酒販店さんを回ろうと思っていたんですが、どうやら今年は無理みたいですね(涙)。せっかく仙台まで行っても飛び帰って来なくちゃならなくて残念ですが、その分サンセールさんや元坂さんたちとガッツリ飲んでこようと思ってますよ(笑)。


□□□ 今回も実のないブログでスイマセン □□□
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お祭り準備

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気が付けば、9月に入って既に3日も過ぎちゃってるじゃないですか。それにしても、暑いですよねぇ(汗)。観測史上最高に暑い夏がもう何回か連続して続けば、日本はもう熱帯になっちゃって、人間の住める土地じゃなくなるかもしれません・・・って、そんなことはないにしても、東京なんて本当に住みづらくなるんじゃないですかねぇ。

その異常な暑さの夏に追い打ちをかけるように熱くなってきているのが、開催まで2週間になろうとしている、地元神社のお祭りの練習です。いろいろと準備も進んで具体的に事が進んできてますし、獅子や太鼓や笛の練習もだんだんと様になってきました。ちょっと中だるみで、気合の抜けた部分もありますが・・・(笑)。

写真は、練習を始めたばかりの時だったので人数がまばらですが、この後すぐに何倍にも膨れ上がりました。手前でガニ股になっているのが獅子頭の振りの練習をしている若者で、奥の方では太鼓を叩いています。画面の右の方では笛を練習しているんです。夕暮れ時になって、近隣に笛太鼓の音が響き渡るのは、何かとても清々しい気分になるものです。

私も以前は獅子の部に属していましたから、毎晩こうやって獅子振りの練習をしたものでした。この写真だと分かりませんが、獅子頭は結構大きくて重いんです。これを、ひとりずつ、定められた長さを、定められた振り付けで舞います。その間、約3分くらいですかね。たった3分でもゼーゼーになりますよ。

そして、お囃子の句切れの部分になると、「ソラーエ!」という全員の掛け声と共に次の振り手と交代するんです。本番の日には獅子の振り手は50人以上はいますから、ひとりずつ順番に交代していけば1日のうちでそれほど何回も振ることはできませんけど、練習では人が少ないとすぐに自分の番が回ってきて、それこそゼーゼー状態です(笑)。

やっぱり獅子は体力勝負なもんだから、「岳志さん、獅子も振らないで楽しちゃってー」と昔の獅子仲間には言われますが、私の進行係だって大変なんだぞっ!!!当日の詳細な資料を作る作業は並大抵のことではありません。本番の1週間前にはみんなに配りたいですから、夜を徹して、蚊に喰われながらパソコンに毎晩向かっています(涙)。

5年に1度の年番の時には、年番でない他の4地区の人たちも当然見に来るわけですし、恥ずかしい獅子練りはできません。それを、しっかりと沿道の人たちに見てもらうように行列を進ませるのが私たちの仕事ですから、結構緻密な計画を全力で立ててます。お酒造りと同じくらいに一生懸命になっている自分を褒めてやりたいくらいですな(笑)。

それでも信州では、朝晩はグッと涼しくなってきましたね。朝方なんか、何もかけて寝てないと寒いくらいです。きっとお祭りの頃には、秋らしい気候になっているでしょう。もうちょっと辛抱して気合を入れて、しっかりとお祭りを作り上げていきたいものです。お祭り準備期間中はお酒もしっかり出ますから、私も張り合いですしね(笑)。


□□□ このワンクリックでお祭り気分になれます □□□
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焼き鳥

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かなり以前のことになっちゃいますけど、これから飲むには少し早いんじゃないかと思われるような時間に、ふらりと越百に寄ったことがあったんです。外で飲むことは多いんですけど、あまり一人でお店に入ることはない私としては珍しいことでした。まぁ、越百は別格ですけど、何か他の用件でもあったんだっけなぁ・・・。

まだ、外が明るいような時間でしたから、お客は私一人でした。カウンターの中に立っていたのはたまに越百の手伝いをしているK君。何と、この日が焼き場デビューだとか。えっちゃんの厳しい(?)指導のもとで、焼き鳥を焼く練習をしてました。「何だよぉ、そんじゃ、オレは練習台なのかぁ」と、飛んで火に入る夏の虫状態の岳志(汗)。

練習しながら焼いたものの出来が悪くて、馴染みの薄いお客さんに悪い印象を持たれちゃっても困りますから、常連が犠牲になる方がお店としても好都合だったでしょう(笑)。私としてもこの身を捧げるつもりで焼き鳥ばっかりを注文しましたよ。ほとんど全種類を焼いてもらって、K君の練習に一役買わせてもらいました。

彼の手筋がいいかどうかは別にして、一本一本焼いていくのを横で観察していると、結構面白いんですよ、これが。ネギマならネギマ、タンならタン、ハツならハツの焼き方ってぇものがあるんですよね。その種類ごとに、えっちゃんが指導しながら焼いていきますから、横で聞いててどこがポイントなのかとってもよく分かったんです。

「焦げない程度に気を使って焼きゃいいんだろ」なんて簡単に思ってたわけでもありませんが、普段何気なく目の前でえっちゃんが焼いているのを見て、そんなにいろいろと気を使っているなんて思ってもみませんでしたね。種類が違えば焼き方も微妙に違ってくるんだってことは、私にとっての新たな発見でした。

火加減から、肉のどっちの面から焼き始めるとか、塩を振るタイミングだとか、それは細々とした決めごとがあって、全ての種類の焼き鳥の焼き方をマスターするだけだって簡単なことじゃなさそうでした。ポイントは理解できても、美味しく焼けるようになるには、また更に習熟が必要でしょうしね。

全てがえっちゃんの指導下だったっおかげもあって、この日出された焼き鳥はどれも失敗なくいつも通りにいただくことができました。今後は、ひとりで上手く焼けるようになるまでに、ひと山あるんじゃないかな。もし、とんでもない代物が出てきたら、お腹が痛くなったとかイチャモンをつけてタダにしてもらおうとか思ってたんですが、無理でしたね(笑)。

一見して誰にでもできそうに見えることでも、やっぱりその道にはその道の難しさがあって、傍目では分からないキモがあるんですね。それを知らなくても、つまり素人でも焼き鳥にはなるんだろうけど、そのほんの少しの違いがプロの味の秘密なんでしょう。ちょっとした大人の社会科見学をしながらの一杯は、それはそれは美味しく感じました(笑)。


□□□ クリックは難しいことじゃありませんよー □□□
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飲み比べ

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「信濃鶴の宣伝ブログに他の銘柄のお酒の写真なんか載せない方がいいんじゃないのか」なんて、ケツの穴の小さいことを言ってはいけません。日本酒の宣伝になるのであれば、それはすなわち鶴の販売にもつながるだろうという大きな心でこのブログは書かれています(笑)。それに、このブログにそれほどの宣伝効果はありません(汗)。

この写真は、最近私が家で飲んでいる日本酒です。信濃鶴は当然いつでもありますし、他のお蔵さんのお酒も大抵いくつか家に置いてありますね。自分で買い求めることがなくても、職業柄、人からおみやげにいただいたりすることが多いんです。今回は3種類も集まって、それぞれに酒質も違うもんだから、いい飲み比べができました。

『常きげん』は、今年の春にお会いすることができた名杜氏の農口さんのお造りになっているお酒。『鍋島』は佐賀のお酒で、私と同じように蔵元のIさんが杜氏をなさっていて、私も何回かお話したことがあります。『山本』は今回初めて口にした銘柄でした。どれも個性的で、美味しいお酒ばかりでしたね。

今回、これらを並べて飲んでみて思ったのは、やっぱり食べ物との合わせ方で、お酒の印象もガラッと変わってくるんだなぁってことでした。酒の肴が変わる度に、一番美味しいと思うお酒も変わってくるっていう感じ。分かっていたことではありますが、この3種類のお酒はどれもタイプがかなり違っていましたから、それをハッキリと認識できましたね。

味のあるどっしりしたお酒、スッキリ飲み口のさわやかなお酒、フルーティで甘みのあるお酒・・・これらが、肉に合うのか、刺身に合うのか、野菜に合うのか、料理の仕方だって和食、洋食、中華と様々ですから組み合わせだっていくらでも考えられますし、飲む人の好みだ体調だなんて話まで加味すると、無限の状況になっちゃいます。

その中から上手い具合のマッチングでお酒が飲めると「あのお酒は美味しかった!」っていうことになって、とても好印象になるんでしょうね。そして、酒道を極めてくると、この料理にはこのお酒っていう、あまり外さない選択ができるようになってくるんだと思います。ワインで言うところのマリアージュってやつですが、そういうことができるようになると食生活も楽しくなるでしょうねぇ。

私がお酒の味の評価をする時に、もう一点気をつけていることは、そのお酒の温度です。かなり冷えているのか、ちょっと冷たいくらいなのか、常温なのか、ぬる燗なのか、熱燗なのかでもお酒の印象は全く変わってきます。お気に入りの温度もあるでしょうけど、その方が美味しく飲めるってことになれば、より美味しい温度にしておきたいですよね。

これも職業柄ですが、私の中では常温での物差しができています。各種品評会なんかは全て常温で利き酒しますし、蔵の中のタンクのお酒の味をみる時にも常温ですからね。常温ってひと口に言っても微妙に違いますよ。5℃くらい違っただけでも、角が取れたり香りがきれいになったりするから不思議です。まぁ、一般の飲兵衛さんたちは、そんなこと気にする必要はありませんけどね(笑)。

付け加えておきますが、わたしだって、いつもこんなにいいお酒を取り揃えて飲んでるわけじゃありません。普段は鶴だけ飲んでつつましく暮らしています(笑)。最近はお祭りの準備で忙しくて、家でなんか飲んでられませんしね(涙)。お祭りが終わったら・・・今度は酒造りの季節がまたやってきますなぁ・・・。


□□□ どれもいい酒でした □□□
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ビール会

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先週末、長生社としてはとても変な飲み会をしました。ビールで、焼き肉でという日本酒メーカーにあらざる暴挙でした(笑)。蔵での酒造りの関係のお祝い事であれば分かりますが、緊縮財政で社内での飲み会も少なくなっている昨今、ビールで飲み会をやるとは、とてもあの社長(親父)の考えとは思えません(汗)。

そこには、やっぱり大いなる大義があるんであって、「今年の夏は暑いから社員にビールでも」っていう本心(?)はその陰に隠されていたようです。でも、そういう仕出しをやっている酒販店さんに頼んで焼き肉まで用意しちゃうんだから、「こりゃ、やったるでー!」っていうイケイケな気持ちは隠し切れてませんでしたね(笑)。

どういう大義かっていうと、もうかなり前に間違って仕入れて不良在庫になっていた生ビールの樽が2つあって、何とかして処理しちゃわなきゃならないっていう大義です(笑)。その樽が不要なものだって分かったのが相当後だったらしくて、返却もできずに倉庫に残っていたっていうんです。まぁ、そんな在庫管理をしていること自体、お恥ずかしいことなんですけど、ちょっとした特殊事情もあったってことで・・・(汗)。

「どうして長生社で生ビールの樽を仕入れるんだ?」なんて不思議に思われるかもしれませんが、うちの会社にも小売の部門があって、駒ケ根高原の観光地の一部のお店にだけビールやジュースや、もちろんお酒もですけど、小売販売しているんです。これは、小売をしているっていうよりも、そういう役目になってるっていう感じなんですけどね(汗)。

さて、そんなこんなで急きょ決定されたビール会でしたが、多少ビールが古いことを除けば、社員みんなでワイワイと飲んだり食べたりできて、とても楽しかったですね。件のビールは、7リッターっていう小さな樽が2つで合計14リッターありましたから、長生社の社員で飲むにはちょうどいいくらいでした。

青空のもとでビールを飲んで焼き肉を食べるなんて、会社としては久しぶりのイベントで、みんなも調子よく飲んでましたが、こうやって集まってみるとまるで家族のような小さな会社なんだと実感しますね。そんな中で日々頑張ってくれている社員には、そのうちもう少しいい思いをさせてやりたいと考えながら飲んじゃいました。

それにしても、いくら美味しいとはいえ、やっぱり生ビールっていうのは手がかかるっていうか、機材が必要だっていうか、面倒くさい代物ですな。樽にサーバーに炭酸ガスのボンベが必要ですし、その設定もチト難しいものがあります。お手入れなんかも大切らしくて、その辺の奥義を、越百のえっちゃんはようやく体得したらしい(笑)。

写真は、翌朝の片付けの時のものですが、実はこの2本目の樽の中に、ほんの少々ビールが残ってたんです。まだボンベの中のガスもたっぷりあるし、こりゃ飲まなきゃ損だってぇ話になって、私がその役目を仰せつかりました(笑)。樽とサーバーとガスボンベを車に積み込んで家に持って帰り、その晩もたっぷりと生ビールを楽しみましたよ。


□□□ 越百の生ビールは確かに美味しくなった気が・・・ □□□
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