専務取締役杜氏の純米酒ブログ

期せずして杜氏になっちまった造り酒屋後継ぎの純米蔵奮闘記

上伊那そば研究会

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飲んでばっかりの岳志なんです(2日目)。今日は、私の一番のご贔屓の蕎麦屋「丸富」で「上伊那そば研究会」という会議がひらかれました。出席すれば、必ず美味しいそばが信濃鶴と一緒に食べられるので、それを楽しみに行ってきました。【以前の丸富の記事】

この会は、そばを食としてだけでなく、産業や景観等の観点からもその活用について談議して、上伊那の地域振興にそばを活かそうと発足した研究会です。何で私が会員になっているんだか分からんのですが、知らないうちに引きずり込まれているようです(笑)。

この会の中心になっているのが、信州大学の氏原暉男名誉教授です。そばに関する研究の第一人者で、アジアのそばの研究などもなさっており、そばを通じた国際貢献活動もなさっておられると聞いています。

今日はその他に太野祺郎(たのよしろう)さんがお見えになってました。日本全国のそばを食べ歩いて、そばに関する著書を多数著している方です。実は、私の親父の高校時代の同級生。挨拶に伺うと、「親父そっくりだ!」と言われ苦笑してしまいました。どういうことか、東京に住む私の母方の叔父さんとは山登りの仲間みたいで、世の中は狭いと改めて感じた次第。

彼のお話を伺っていて興味深かったのは、そばにもニューウェーブの波がいくつか押し寄せて今日に至っているというお話。第1波はそれまで機械打ちが主流であったところへ登場した手打ちそばの時代。この背景にはかの有名な高橋邦弘名人も修行した、故片倉康雄氏の「日本そば大学」のような手打ちそばの普及活動があったのだとか。

第2波はそば粉を挽くのを他人に任せない自家製粉が取り入れられた時代。これによって製粉してから打つまでの期間がなくなり、いわゆる3たて(挽きたて、打ちたて、ゆでたて)のそばを提供できるようになったということです。

第3波は荒挽きの時代。製粉を細かくするのではなく荒く挽くことによって、10割そばでない、いわゆる2・8そば(8割がそば粉で2割が小麦粉)でも十分に風味豊かなそばを作れるようになってきているんだそうです。

丸富のそばはその最先端を走っているし、他ではできないような取り組みとして、在来種による蕎麦打ちをやっている点が評価が高く、日本中の蕎麦打ちが丸富のそばを食べに来る所以だそうです。在来種っていうのは、その土地に古くから生育しているそばで、実は小さいんだけれども一般に広く栽培されているそばより風味が豊かで美味しいそばになるんだそうです。丸富では長野県南部の上村でそのそばを栽培してもらっているそうです。

そばも奥が深いですねぇ。でも、日本のそば栽培の第一人者と、そばを打つ名人と、そばの食べ歩きの大家が揃っての会議(飲み会?)がこんな田舎の山の中で行われているなんて、誰も想像できないでしょうねぇ。他にも木工をなさっている方、ワインのぶどうを作っている方、農家の方、本職の蕎麦打ちの方、いろいろな皆さんと楽しくお話させていただきました。

写真は丸富の親父と、実行委員の皆さん。下に写っているのは山菜の煮物と、宮田村で養殖された虹鱒の卵と身を使った親子丼(?)。いずれも美味。


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