あれは2月のとても寒い夜でした。いつものようにKさんは酔っ払っていい気分で、私の部屋に尋ねてきました。造りの間はいつでも私がここにいることを知っていました。まちで飲んだ帰りの道すがらでもあるので、よく寄って話し込んでいきました。
彼とは私が駒ヶ根に帰ってきた頃からの長い付き合いでした。とにかく日本酒が好きで、とても知識が豊富な人でした。未だに彼の右に出る日本酒通を私はそう何人も知りません。有名から無名まであらゆる日本酒を飲んでいて、当時まだ経験の浅い私にいろいろと教えてくれました。
気の合う部分もあったのでしょうが、地元の酒をよくしようと常に考えてくれていました。10歳も年下の私に、〆張鶴も、十四代も、黒龍も、その他もろもろの酒も全て実際に飲ませてくれて、解説してくれたものです。ただの飲み友達だったと言えばそれまでなんですけどね・・・。
雪がちらついていました。12時をちょっと回って、これからムロの手入れをしようとしていたところでした。
「Kさん、雪も振ってきたし、今日はまだ仕事残ってんだ。大降りにならないうちに、早く帰った方がいいよ」
少しだけ話をして、彼は雪の中を自転車に乗って帰っていきました。
次の日、女房が朝手伝いに来て、一緒にムロの仕事をしたのです。その時に
「ねぇ、○○○○っていう人が、昨日の夜、国道でひき逃げされて亡くなったって新聞に出てたけど、あのKさんのことじゃぁないわよね?」
「まさか」
最初は同姓同名だろうと取り合わなかった私も、事故の時間、場所、状況を聞いていくうちに、Kさんに間違いないと確信せざるを得なくなりました。
仕事を終えたとたんに涙があふれ出て、止まらなくなってしまった。不覚にも男の涙を女房には見られてしまいましたが、早々にムロから追い出して、後はひとりで泣きました。
いつものように、もうちょっと話をして、すぐに帰さなきゃよかった。そうすれば状況も変わって、事故は起こらなかったかもしれない。そんなことウジウジ考えてもどうしようもないけれど・・・私と話をしてから15分と経たないうちに彼はもうこの世にはいなかった・・・その命のはかなさを実感できませんでした。
ちょっと飲みすぎの毎日だったかもしれない。飲んで人に迷惑をかけたこともあったかもしれない。それでも私の気心の知れた友人でした。人なつっこい笑顔が忘れられない。
あまり人には話さないだろう身の上話も聞きました。そんなに不幸ではなかったけれど、とても幸せというわけでもなさそうだった。最期がひき逃げじゃぁあまりにかわいそうだと涙が出たのでしょう。実際にはひき逃げではありませんでしたけどね。
毎年2月の某日に彼を偲んで仲間内で飲んでいます。彼を思い出すには飲むしかないなってわけですね。飲むための体のいい口実でもありますけどね。昨日はそれで飲んでたんですよ。これだけは毎年忘れずに続いていますね。
「いい酒造れよ」といつも私に言っていました。その時点ではまだ信濃鶴は純米化していませんでしたが、その頃から私の中には純米蔵の構想が頭をもたげていました。今の純米を飲ませたら何て言うかなぁ。まだこのレベルじゃあ合格点はもらえないかな・・・。
信濃鶴の純米酒には、そんな彼への惜別の思いも溶け込んでいるんです。
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何かしょっちゅう言っている気がするが、今日も人手不足(笑)。
洗米は吸水が足りなかった。やはり精米してから時間が経つと、日に日に水を吸わなくなってきているのが分かる。
麹は局の先生に教えられた、新しいやり方で造ってみる。これまでのやり方とどちらがいいかはこれから分かってくるはず。
酒母は来週使用予定のものの香りがイマイチ。麹が弱かったか?
いつもの仕込担当者が休んだので、久しぶりにもろみの留仕込をやる。いつもはやらない仕事をすると、体のいたるところが、グキグキいっている。明日が怖いな。
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