大きいと言っても、小さな造り酒屋の投資ですから、世間様のそれに比べれば何ってことない額でしょうが、わが社とすればここでも清水の舞台から飛び降りるような決断をしたことになります。ただ、バブル時代のように浮かれていたわけではなく、日本酒業界が一直線に右肩下がりの斜陽産業に成り果てていた時期の投資でしたから、よく社長がやってくれたもんだと思いますね。金利だけは安かったわけですけど・・・。いかん、いかん、また後ろ向き発言になってしまった。
今現在イケてる会社が、先行きの明るい分野への投資を決定する場合には、何らかの判断指標もあるのでしょうし、その投資に大義もあるでしょう。しかし、お先真っ暗の業界のど真ん中にいて、ある程度の投資をすることは結構勇気がいることですね。どのくらい先にあるか分からない夢に向かっての投資ですから、その投資が希望を奮い立たせるものでなくてはならないと思います。わが社の投資がその後の会社運営にどの様な意味があったのかは、もう少し先になってみないと分からないでしょうね。
さて、造り酒屋の設備投資って何に金をかけるのでしょう。メーカーなんですから、基本的にはものづくりにかかわる設備になります。純粋に酒を造る部分と、それを商品の形にする部分に分けられますが、やはり前者にお金をかけたいですね。
更に詳しく見れば、原料処理、麹の製造、酒母の製造、もろみの製造、もろみのろ過、清酒の貯蔵、くらいになるでしょうか。原料処理とろ過以外の工程については、もうこれは品温制御に尽きるといっても過言ではありません。品温は目安であって、全然別のものを制御している場合もありますが、いずれにしても温度をどう管理するかがその後のお酒の品質を大きく左右するのです。
いくつか紹介すれば、麹を造る設備を一新しました。これは大きな会社では吟醸酒の麹の製造専用に使われるものですが、うちのように小さな蔵では全ての麹をこれで造ることが出来ます。当時長野県で初めての導入でした。同じ量の麹を作る機械に比べるとかなりお高いものでした。いろいろと細かい制御が出来るのですが、逆に出来すぎちゃって、使いこなすまでに時間がかかりましたね。
一番お金がかかったのが、もろみの仕込みタンクです。これはもろみが発行する際の発熱を抑えるための機能がついた、冷蔵タンクみたいなものです。最初は吟醸酒を作るために導入したのですが、大変に調子がよく、各種品評会で金賞も取れるようになったもんだから、このタンクで全ての酒を仕込むのが夢でした。タンクを作っているメーカーの人も「これだけこのタンクが並んでいる蔵は他にありませんよ」なんて言ってました。
これらは全てこれまで通りの造り方をするのにはなくても良いものです。実際それ以前には、そういった新しい設備はなくてもやれていたのです。そして、これらは全て普通純米酒を造るために投資をしたものです。「普通酒を造るのにここまでやるかぁ」という感じですが、そこまでしても最低ラインの品質を上げて、他ではない信濃鶴だけの味を追求したかったのです。
10年以上かけて、いろいろと導入してきました。このような設備の導入は、単に機械を置き替えるだけではなく、製造工程の変更も余儀なくされますから、一朝一夕にはいきません。悩みながらここまできました。
しかしどんな設備も使う人の技術がなければ宝の持ち腐れです。酒造りは経験工学なのです。機械だけそろえても何の意味もない。やはり経験に裏打ちされた技術と勘が、機械の力を借りてより大きく開花する方向を目指さなくてはならないでしょう。
さあ、これでこの「信濃鶴ってどんなだ?」シリーズは、そろそろ次回でおしまいにしましょう。このシリーズではこれまで長生社がやっちまった事を書いてきました。これからのこのブログは、これから長生社がどうなっていくのか綴っていきたいなぁ。
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