専務取締役杜氏の純米酒ブログ

期せずして杜氏になっちまった造り酒屋後継ぎの純米蔵奮闘記

信濃鶴ってどんなだ?(最終回)

さて、このシリーズでは現在に至る信濃鶴の紹介をさせてもらいました。こんなのが信濃鶴なんです。これ以上でもこれ以下でもない素顔が分かってもらえたらと思って書きました。あまり外に向かって(内に向かってもか?)こんなことを言ったことがなかったので、言葉足らずの部分もあったでしょうが、これからも思い立ったことを、その度に書いていきますね。

こうなったらいいなという夢が頭の中に浮かんでから、本当に純米蔵宣言をするまでに10年以上かかりました。ある年に一変に全てを純米にしてもダメなんです。少しずつゴールに向かって自分を変えていかないと、経営上のコストの問題も、お酒の味の問題も激変はいい結果を生まないでしょう。

アル添していた普通酒を純米酒に変えるのなんて、とても大変なことでした。何年もかけて少しずつ添加するアルコールの量を少なくしていって、純米化する直前の年なんか、本醸造酒の半分程度しかアルコール添加しなかったんだから。そうやって、地元の人たちに慣れていってもらいました。それでも純米酒にしたら、良くも悪くも「信濃鶴は変わった」と言われましたけどね。

本物の日本酒とは何か
誇れる地酒とは何か
うまい普通酒とは何か

いつも考えてきました。今やっていることをひと言で言えば

「地元の酒米で丁寧に純米酒を醸しています」

という何とも陳腐な表現になってしまいます。けど、陳腐でいいんです。同じことを地道に地道に繰り返すんです。そしてそのたび毎にほんの少しずつ積み重なった「信用」が100年後の日本酒の世界を築いてくれるものと信じています。

信濃鶴は純米酒をあんなに安い価格で販売して、その価値を落としたのかもしれません。こんな経営もいつまで続けられるのか分かりません。でも、座して死を待つよりあえてリスキーな道を選びました。その結果は100年後に出るんです。私はその時生きてないから、気楽に構えてていいんです(笑)。

最後に、純米化を進める中で出会った、心に残る言葉を挙げてこのシリーズの閉めにしたいと思います。この言葉は江戸時代の儒学者である佐藤一斎によるもので、困難に遭っても、ただいたずらに時代を憂いたり、悲観するのではなく、自分自身の考え方・生き方・信じた道に従い、前に進むことの大切さを説いたものです。地元の青年会議所の後輩に教わりました。この「一燈」が私にとっては純米信濃鶴でしょう。琴線に触れた言葉です。

一燈を提げて暗夜を行く
暗夜を憂うることなかれ
ただ一燈を頼め

信濃鶴ってどんなだ?(8)

純米信濃鶴を造るために、大きな設備投資をしました。ちょっと過剰かもしれない・・・。バブルの時期の(もう古い!)過剰な設備投資が原因で倒産した会社って、なんかたくさんなかったっけ?うちもヤバイか・・・。

大きいと言っても、小さな造り酒屋の投資ですから、世間様のそれに比べれば何ってことない額でしょうが、わが社とすればここでも清水の舞台から飛び降りるような決断をしたことになります。ただ、バブル時代のように浮かれていたわけではなく、日本酒業界が一直線に右肩下がりの斜陽産業に成り果てていた時期の投資でしたから、よく社長がやってくれたもんだと思いますね。金利だけは安かったわけですけど・・・。いかん、いかん、また後ろ向き発言になってしまった。

今現在イケてる会社が、先行きの明るい分野への投資を決定する場合には、何らかの判断指標もあるのでしょうし、その投資に大義もあるでしょう。しかし、お先真っ暗の業界のど真ん中にいて、ある程度の投資をすることは結構勇気がいることですね。どのくらい先にあるか分からない夢に向かっての投資ですから、その投資が希望を奮い立たせるものでなくてはならないと思います。わが社の投資がその後の会社運営にどの様な意味があったのかは、もう少し先になってみないと分からないでしょうね。

さて、造り酒屋の設備投資って何に金をかけるのでしょう。メーカーなんですから、基本的にはものづくりにかかわる設備になります。純粋に酒を造る部分と、それを商品の形にする部分に分けられますが、やはり前者にお金をかけたいですね。

更に詳しく見れば、原料処理、麹の製造、酒母の製造、もろみの製造、もろみのろ過、清酒の貯蔵、くらいになるでしょうか。原料処理とろ過以外の工程については、もうこれは品温制御に尽きるといっても過言ではありません。品温は目安であって、全然別のものを制御している場合もありますが、いずれにしても温度をどう管理するかがその後のお酒の品質を大きく左右するのです。

いくつか紹介すれば、麹を造る設備を一新しました。これは大きな会社では吟醸酒の麹の製造専用に使われるものですが、うちのように小さな蔵では全ての麹をこれで造ることが出来ます。当時長野県で初めての導入でした。同じ量の麹を作る機械に比べるとかなりお高いものでした。いろいろと細かい制御が出来るのですが、逆に出来すぎちゃって、使いこなすまでに時間がかかりましたね。

一番お金がかかったのが、もろみの仕込みタンクです。これはもろみが発行する際の発熱を抑えるための機能がついた、冷蔵タンクみたいなものです。最初は吟醸酒を作るために導入したのですが、大変に調子がよく、各種品評会で金賞も取れるようになったもんだから、このタンクで全ての酒を仕込むのが夢でした。タンクを作っているメーカーの人も「これだけこのタンクが並んでいる蔵は他にありませんよ」なんて言ってました。

これらは全てこれまで通りの造り方をするのにはなくても良いものです。実際それ以前には、そういった新しい設備はなくてもやれていたのです。そして、これらは全て普通純米酒を造るために投資をしたものです。「普通酒を造るのにここまでやるかぁ」という感じですが、そこまでしても最低ラインの品質を上げて、他ではない信濃鶴だけの味を追求したかったのです。

10年以上かけて、いろいろと導入してきました。このような設備の導入は、単に機械を置き替えるだけではなく、製造工程の変更も余儀なくされますから、一朝一夕にはいきません。悩みながらここまできました。

しかしどんな設備も使う人の技術がなければ宝の持ち腐れです。酒造りは経験工学なのです。機械だけそろえても何の意味もない。やはり経験に裏打ちされた技術と勘が、機械の力を借りてより大きく開花する方向を目指さなくてはならないでしょう。

さあ、これでこの「信濃鶴ってどんなだ?」シリーズは、そろそろ次回でおしまいにしましょう。このシリーズではこれまで長生社がやっちまった事を書いてきました。これからのこのブログは、これから長生社がどうなっていくのか綴っていきたいなぁ。

信濃鶴ってどんなだ?(7)

信濃鶴ってどんなだ?シリーズも終盤です。言いたいことはたくさんあるのに、自分自身の頭の中がうまく整理されていなくて、ゴチャゴチャと読みづらくてすいません。でも、書いておかなくてはならないと思うことは書いてしまいます。

パンフレットからの抜粋も最後です。たったこれだけの文章でも、大勢の人に見てもらおうとすると、じっくり考えて推敲を重ねないと納得のいくものにはなりませんね。その割りにこのブログは書きなぐってますけど・・・。

『 うまい普通酒とは・・・
毎日飲んで頂くいつもの酒を最高の品質にしたい。
これは酒造家全ての夢でしょう。
信濃鶴は美山錦の精米歩合を最低でも60%とし、
全て吟醸造りに倣った低温発酵で醸造されています。
品質向上に向けた全ての設備投資は、普通純米酒のために行っています。
お求め頂きやすいように価格も低く抑え、
いつも傍らに置いて頂ける酒になりたいと願っています。
意識せずにうまい純米酒を飲んでいる人を、
一人ずつ増やす努力をこれからも続けます。 』

駒ヶ根市からは少し離れた飯田市にある、お得意先の小売店さんが言ってくれました。
「駒ヶ根の人はいいよね。あれだけのお酒が、あの値段で、地元でいつでも飲めるんだから」
うれしいひと言。「あのー、もう一回言ってくれますか」とお願いしたくなっちゃいました。

私が造りたいのは普通酒です。普通酒というと税法上の表記からいくと少し誤解があるかもしれませんが、普段の酒、毎日飲む酒、まちの呑み屋さんで出てくる酒、このまちに空気みたいに漂っている酒、飲みすぎてゲロを吐く酒(汚ねーな)、うれしい時に飲む酒、悲しい時に飲む酒・・・まあ、何でもいいや。

それを純米酒でいきたいわけです。それも一切手抜きのない、お天道様に恥ずかしくない造り方で。これは蔵元として、職人としての私のこだわりです。自分が飲みたいのはそんな酒なのです。

わが社の製品ラインナップは、精米歩合60%の普通純米酒、55%の特別純米酒、39%の純米大吟醸酒のみです。使う米が1種類しかなくて純米酒だけとなると、商品の差別化を図るのは精米歩合くらいになってしまいます。ちなみに精米歩合60%というのは玄米の外側40%分を削り落としてしまったお米のことです。

今の造り酒屋は全ての種類の酒を自社ブランドの中に造ろうとしているように見えます。普通アル添酒、本醸造酒、純米酒、吟醸酒、純米吟醸酒、大吟醸酒、純米大吟醸酒、生酒、原酒、おり酒・・・。いろいろな種類を作りすぎる。いろいろあるからお客様のニーズには応えられるかもしれないけれど、「あの蔵の酒はこうだ」という評価が形成されないのではないかと思います。どの蔵にもそれぞれの特徴がある方が、自然だし楽しいと思うのです。

私は上記の3種類の純米酒の中でも、特に普通純米酒に命をかけて造ってます。これだけあればいいとさえ思っています。当然純米大吟醸の方が手もかかるし、同じように命はかけます。しかし私にとって純米大吟醸は、そこで得られた知見を普通純米酒造りに生かすための試験醸造なのです。最高の技術を普通純米酒作りに生かすことが最大の目的です。

最高の技術の中には2つの意味があります。ひとつは経験によって私や蔵人の血となり肉となる「技能」。もうひとつはそれらの技能を生かすための「設備」です。妥協のない修練は必要ですが、技能の方はタダで手に入れることが出来ます。しかし、設備の方はどえらく金がかかるんだなこれが・・・。

信濃鶴ってどんなだ?(6)

「酒造りはまちづくり」・・・いい言葉だと思いませんか。受け売りじゃあありませんよ。いつの頃からか自分の心の中にある言葉です。

もう卒業してしまいましたが、数年前まで駒ヶ根の青年会議所という団体に入会して様々な活動をしてきました。40歳で卒業ですが、13年間もやったので、最後の年には結構な古株でした。以前にもブログに書きました、「協力隊週間国際広場」なんていうのも、その青年会議所での活動を今も引きずっているわけです。

その基本理念は、青年としての英知と勇気と情熱を持って明るい豊かな社会を築き上げようとするものでした。私はそこで徹底的にまちづくりを叩き込まれ、自分でも深く考えるようになったのです。そして、酒造りとまちづくりの垣根がなくなった時に「酒造りはまちづくり」なんていうフレーズがどこからか降りてきたのかもしれません。

話がそれました。さて、地元産の酒米のみで造ることにこだわったこの信濃鶴ですが、単に他と差別化して特徴的な商品を作ろうとしているだけではありません。それがまちづくりにつながればいいと常に考えています。極端な言い方をすれば、造りたいのは酒ではなく、そんな酒を飲んでいるまちなのです。

地産地消が当たり前のまち。
そんな自分たちの文化基盤を誇りに思ってもらえるまち。
日本一純米酒を飲んでいるまち。
いつの日にか、そんなまちがブランドになるかもしれない。そしてその時に、信濃鶴はみんなが誇れる地酒になっていればいいんです。

地元で買えない地酒なんていうのもあるんですよ。変な話ですけど。首都圏の市場で人気に火がついて大ブレイクしてしまった様な銘柄の製品は、全てそちらに吸い取られてしまって、地元の酒屋さんでは売っていないなんてことになってしまうんです。私から見ればうらやましい限りのような気もするんですが、やっぱりそれじゃあ本末転倒でしょう。そんな状況になると、地元の酒屋さんも自分では手に入らないその銘柄のことをあまり良くは言わなくなってしまいます。地元で愛されるのが一番です。

「おれは純米酒は嫌いだ」と面と向かって言ってくる人もいます。それはそれでしょうがない。しかし、もし信濃鶴しかなければいやでもなんでも飲むしかない。そこで言ってやれるかどうかなんです。
「でも、あなたの飲んでいるものに間違いはないんですよ」
と。うまいかまずいか、好きか嫌いかという議論とは違った次元の裏付けを持たせて、地元の人たちを誰かが守っていかなくてはならないのです。このまちの人たちが
「信濃鶴をうまいって言っておけば間違いない」
と言ってくれるその「信用」こそ、私がこの会社に残しておきたいものなのです。

最後に、なぜ地元にこだわるのですかと聞かれた時によくするお話を挙げておきます。

数年前にある新聞記者の方が教えてくれた話です。長野県で「棚田サミット」という会議が開催されたのだそうです。消えつつある棚田の価値を見直し、後世に残していこうという趣旨です。その中のひとつの講演会で、棚田で採れたお米をおいしく食べるには、どんな水で炊くのがよいのかという研究をして、その内容を発表した人がいました。

いろいろな水で炊いてみたそうです。井戸水、川の水、水道水、日本のミネラルウォーター、外国のミネラルウォーター、・・・。そして最もおいしいという結果になったのは、なんとその棚田の脇を流れる用水の水だったというのです・・・。

その米が育った水で炊いた米が一番うまかったのです。「なぜだ?」と問われれば答えようもないのですが、「そりゃそうだ!」と胸に落ちるものもあります。世の中はそういう風になっているんですね。

だから、その米が育った水で仕込んだ酒はうまいに決まってんだって。自分の地元ってすげぇんだって。日本中の「地元」の数だけうまい酒があるってぇことに、疑う余地なんかないんです。

信濃鶴ってどんなだ?(5)

なぜ信濃鶴はそれ程までに地元の酒米にこだわるのか。
なぜ飯島の農協さんは全量をまわしてくれるようになったのか。

「地産地消」と最近よく言われます。地元で生産されたものを地元で消費しようということです。生まれ育った場所の10km四方で取れたものを食べていれば健康でいられるという話も聞いたことがあります。プロの運動選手が故障をしたら、自分の生まれ育った故郷でリハビリをするのがよいという話も。

そのような話の論拠は私には良くわかりませんが、人間も自らが生活している環境の一部なのだから、その自然の循環の中で生きて行くことが摂理にかなっているということなのだと理解しています。人間はそうやって何千年も生きてきたのです。直感的には理解できる話じゃあないですか。その他にも地域経済の内部循環といった側面も含まれた問題だと思います。

「フードマイレージ」という言葉はご存知ですか?食料の輸送距離という意味で、重量×距離で表されます。簡単に言えばその食物が口に入るまでにどれくらいの距離を移動してきたかの指標です。食品の生産地と消費地が近ければフードマイレージは小さくなり、遠くから運んでくると大きくなります。

考えるまでもなく、国別でいえば日本はフードマイレージ世界一でしょう(たぶん・・・)。輸入される食糧が、どれだけの経費をかけて、どれだけの燃料を使って、どれだけ地球の環境に負荷をかけて我々の口に入っているのかも、これからは考えていかなくてはならない問題でしょう。

それでは「スローフード」という言葉はどうですか?スローフード協会という団体が日本にもあります。現在世界を席巻しているファーストフードに対抗したネーミングですね。単に食べ物をゆっくり食べようという運動ではありませんよ。かなり深遠な哲学を秘めたムーブメントらしいです。

これは次の3つの指針を掲げ、イタリアのブラという片田舎からスタートしたNPO運動です。
1.消えてゆく恐れのある伝統的な食材や料理、質のよい食品、ワイン(酒)を守る。
2.質のよい素材を提供する小生産者を守る。
3.子供たちを含め、消費者に味の教育を進める。

最初に「酒を守る」と名指しで書いてくれてあるのに、まだ日本酒がスローフードとして光を当てられているという話は聞いたことはありません。なぜでしょう?もう伝統的でもないし質も悪いと思われているのでしょうか。悪口ではありませんが、アル添も候補からはずされる要因かもしれませんね。添加用のアルコールは国内ではほとんど作られていないので、アル添すると上述のフードマイレージは跳ね上がってしまいますからね。

地産地消、食育、スローフード、ロハス、フードマイレージ、マクロビオティック、etc・・・。いろいろな言葉で現代の食に関する問題提起はなされています。しかし、そんなことは当の昔から言っている人は口をすっぱくするように言っていた内容です。キレる子供は食生活が作る、なんていうことは、始めは「エッ、何で?」といぶかってしまいますが、少し勉強すると見えてくる気分になりますよ。

これらの問題は、あまりにも食に対して無頓着になってしまった現代人に突きつけられた、大変に重要な課題であるように思えてなりません。私は全てに共通する根底の概念は「食は命」ということではないかと考えています。私たちが食べているものが、私たちの命そのものなのです。この点、私は信じて疑っていません。ですから、口に入るものを製造している者としては、本腰を入れて取り組んでいかなくてはならない問題なのだととらえているのです。

地元で立派な酒米が生産されているのだから、それを使わない手はないというのが、信濃鶴が飯島町産の美山錦にこだわる、筋の通った成り行きです。しかし、裏ではこんなことも考えながら酒造りをしています。

そして、わが社も含めてそういう取り組みがまちづくりにつながっていけばいいんだがなぁ・・・。

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