専務取締役杜氏の純米酒ブログ

期せずして杜氏になっちまった造り酒屋後継ぎの純米蔵奮闘記

ブログの題名について(最終回)

(続き)
こうして、専務取締役杜氏の純米酒造りへの挑戦が始まったのです。

これまで純米蔵にしようとした、もしかしたら一番大きな理由を書きませんでした。それは、自分が純米酒が大好きだからです。自分の飲みたいものを造っているんです。

そして、自分が自信を持っていいと思える酒を地元の人たちに飲んでもらいたい。飲ませたくて仕方がないのです。それが純米酒だなんて知らなくていい。

純米ということについては、何かどこかおかしくなってしまった「食」というものに対する、自分として、会社としての裏づけ程度でいい・・・と思っているんです。

でもそれは経営者の視点ではないのですね、きっと。そんな悠長なことを言っていては社員を豊かにすることはできない、株主も困る、ジリ貧だ・・・。

純米酒「造り」への挑戦は、何とか緒についてきました。色々な方々に、自分が考えている以上の評価をいただくこともでてきました。今度は純米酒「売り」への挑戦をこのブログを書きながら始めようと思っています。なかなか蔵から出られない専務の営業活動として、社員のためにと思って書くことにしました。それなら、ちっとは続けられるんじゃないかな・・・。

私は「自分で造る」という最後の切り札を使ってしまいました。しかし、それは世の中で一番信頼のできる人間に造りを任せたということでもあります。何とか頑張って難局を乗り越え、次の新しい地平線を見てみたいものです。

いつも考えているのは、100年後の日本酒の世界です。100年後の大樹を期待して1本1本木を植えるように、1本1本純米酒を売っていこうと思っています。

ブログの題名について(8)

(続き)
いざ純米酒だけを造るぞ!と言ってはみたものの、初心者マークの杜氏にはいささか荷が重かった。今でもうまくいかんのに・・・。

通常のアルコール添加酒がメインとなっている酒蔵では、アルコール添加酒は、すっきりとたくさん飲めることが要求される普通酒になります。アルコールを添加することで、すっきりとした酒質が実現できます。そうなると、その蔵の純米酒の位置付けは、普通酒と違って、酸度が高めで、味のある、どっしりとしたタイプの酒ということになってきます。わが社もかつてそうでした。

しかし、毎晩の晩酌に飲むためにも、純米酒を通常の普通酒並みにすっきりとしたタイプとして飲ませなくてはなりません。ここに大きなハードルがあったのです。純米酒ばかりを造ってみて、アルコール添加しなければ純米酒になるといった、子供だましの造り方では到底太刀打ちできない代物であることを痛感しました。

これまでやってきたよりも更に厳密な製造管理が必要となる、ということは分かっていました。実はそれを見越して、それまでにある程度の設備投資がしてありました。それが私の経験不足を補ってくれたことは確かです。安い買い物ではありませんでしたが、「やっといてよかったー」とあの当時しみじみ思いましたね。

しかし、追求する姿勢というのは楽しいものです。ヘタと言われようが、マズイと言われようが、「どうしたらうまくなるのか」というただ一点のためにする努力のみで、一段一段階段を登れる気がします。全然まだまだですけどね・・・。

技術的なこと、設備的なことは突っ込めば多少の企業秘密も出てくるでしょうが、わが社の企業秘密なんてたかが知れているので、造りが始まったら蔵の中や造り方も紹介していきますね。

慌てて始めたようなブログだったので、とりあえずというつもりで書き出しましたが、結構長くなっちゃいましたね。
案外好きかも?
イヤイヤ、そんなこたぁないでしょう・・・。
次回はこのシリーズ最終回にしますね。
(続く)

ブログの題名について(7)

(続き)
もう一点、一職人として私にはアルコールの添加に関して我慢できない感情があります。決してアルコール添加酒の悪口ではないので、誤解しないで下さいね。

酒米を洗って、蒸して、麹を造るところから始まって、もろみをしぼって酒にするまでに、長いもので50日もかかります。全ての工程に人の手が入ります。餌こそやっていませんが、生き物を飼っているわけですから、常に面倒を見て、大切に育てるのです。

大吟醸ともなれば、手をかけて米を洗い、朝早くから蒸しあげて、寝ずの番をして麹を造り、朝に晩にもろみの面(ツラ)を眺め、まさに命を削って酒造りに没頭します。これはどの蔵の杜氏さんも蔵人も一緒です。

つまり、杜氏や蔵人や蔵元(蔵を経営している会社のこと)にとって酒は命だと思うのです。アルコール添加は通常はもろみをしぼる直前くらいに行います。命をかけて50日も付きっきりで育てたのに、自分の命と全く関係のない、どこかから運んできたアルコールなるものをドボドボと添加するのです。まだわが社でアルコール添加をしていた頃に、私の一番嫌いな作業がこれでした。

私の感度からいえば
「何てことするんだ!やめてくれー!」
ってなところでしょうか。

私はアルコール添加を否定しているわけではありません。それどころか、アルコール添加酒にはどうしても純米酒には作り出せない味の領域があります。「勝てねぇなぁ」と思うこともしょっちゅうです。名杜氏が少量のアルコール添加によって、味を整え、すっきり感を出し、香りを引き立たせる様はまさしく神業です。れっきとした現代のテクニックのひとつだと思います。

しかし、アルコール添加しなくても酒になっていることも事実です。私はこっちの方に賭けたのです。

日本酒の製造量のうち、純米酒の占める割合は1割程度のものでしょう。最近は純米志向が強くなってきているので、割合は上がっていくとは思います。自分のような駆け出しの杜氏でも、あまり多くは造られていない純米酒に特化すれば、純米酒では一歩先に出られるのではないかと考えたのです。

「それで純米酒はうまく造れたんですか?」

いえいえ、全然ダメ・・・
(続く)

ブログの題名について(6)

(続き)
これまでアルコール添加したお酒をメインに造ってきた会社を、純米酒しか造らない会社にするということは、並大抵のことではありませんでした。新しい会社を作るのと同じ感覚でしょうか。これまでのものがあるから、全く新しいものを作るよりもある意味で大変。もう2度とやりたくないですね。

平成14年8月に純米蔵の宣言をして今日に至っています。実際には宣言に至るまでに10年くらいかかっています。長い道のりでした。宣言をした後もいばらの道が待っていました。社員にも苦労をかけています。この辺のことはまた改めて書きます。

なぜ純米酒だったのか。

これを書き始めると、また長い話になりますし、このブログの命題の1つでもありますから、今後話題にしていきます。
簡単に言えば、原点回帰ということです。日本酒の需要は昭和49年をピークにして、ずっと右肩下がりで来ています。ピーク時の4割程度に落ちてしまいました。わが社でも需要喚起のために色々とアイテムを増やしてみたり、目先の変わった酒を造ってみたり、首都圏に売り込んでみたりとやってみましたが、全てダメでした。全てです。そのような状況の中で、新しいことばかり追求するのではなく、一旦日本酒の原点に帰って、そこからリスタートした方が遠回りだけれど確実な道に思えたのです。

日本酒の原点とは何か。それが純米酒です。戦前までは日本酒は全て純米酒だったんです。戦中の米不足の状況下でアルコール添加をして増量することが許されました。もう一度そこから始めてみようと思いました。スタート地点がずれていたのでは、ゴールにはたどり着けない。

経営的に言えば、徹底的に選択と集中をしたということでしょうか。力を1点に集中させる。大手のメーカーがやっているような品揃えをしてもダメなんです。

ある飲み屋があります。ほとんどのお客さんはその店であるつまみを注文します。それは「つくね」です。店主は言います。
「このつくねさえあれば、おれはどこでも店が開けるよ。女房と従業員くらいは食わせていけるさ」
うらやましいと思いました。
「この純米酒さえあれば従業員くらい食わせていけるさ」
そんな酒を造ることができれば、経営環境に左右されない王道が歩めるのではないかと考えたのです。

考えて考えて考えて、悩んで悩んで悩んで、ついに純米蔵の道を歩み始めます。
(続く)

ブログの題名について(5)

(続き)
あのくらいの弾みがなければ、私は今頃杜氏なんかやっていなかったかもしれませんね。

あんなハプニングはないにしても、もう杜氏の後継者なんていないと思った方がよいでしょう。ここで言う杜氏は、出稼ぎで蔵に泊り込んで働くような昔ながらの杜氏のことです。だから、蔵の後継ぎがそのまま杜氏役をやっている例が、私の周りにもたくさん出てきています。

専務取締役杜氏なんていうのは私の造語ですが、専務で杜氏、あるいは社長で杜氏という人が今後増加するのは間違いありません。ある程度の規模の会社になれば社員の中から杜氏を養成していくことになります。そういう蔵も多いです。しかし、うちのような小さい蔵ではそれもままならず、専務がやった方が早いということになってしまいがちです。

製造と経営の2足のわらじをはけるのかどうかはやってみなくては分かりませんが、昔読んだ、あるインタビュー記事を思い出します。それはある人間国宝の陶芸家のものでした。

「どんなにいいものを作っても、それが売れなければ食べていくことはできまへん。作ったものが売れるようにしなくてはなりまへん。職商人(しょくあきんど)になんなはれ」

なんか変な京都弁になってしまいましたが、こんな感じでした。お名前は失念してしまいました。この職商人という言葉がなんとなく心に引っかかっています。これほどまでに日本酒が売れなくなり、蔵の規模も縮小してしまうと、小さな地酒メーカーの生き方も限定的になってしまうのかもしれません。

しかし、悪いことばかりではありません。経営者が酒を造るということは、結構思い切ったことがやれるということでもあります。雇われた身となれば失敗は許されませんし、ある程度の足かせの中で酒を造らなければなりません。ところが経営サイドから見ることができれば、ぎりぎりのリスクを背負っての挑戦ができるかもしれません。

案の定、この専務取締役杜氏もとんでもないことを言い出したのです。

「おれは、純米酒しか造らん!」
(続く)

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